フリードリヒ・フォン・バーデン=ドゥルラハ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

フリードリヒ・フォン・バーデン=ドゥルラハ(Friedrich von Baden-Durlach, 1703年10月7日 - 1732年3月26日)は、バーデン=ドゥルラハ辺境伯の世嗣(Erbprinz)。バーデン=ドゥルラハ辺境伯カール3世ヴィルヘルムヴュルテンベルク公ヴィルヘルム・ルートヴィヒの娘マグダレーネ・ヴィルヘルミーネの次男。後のバーデン大公カール・フリードリヒの父。若くして没したため、即位することはなかった。

1712年に兄カール・マグヌスが没したため世子となったが、1732年、父に先立って死去。息子のカール・フリードリヒが1738年にバーデン=ドゥルラハ辺境伯領を継承したが、幼少のため従弟のカール・アウグスト1746年まで後見人となった。

子女[編集]

1727年オラニエ公ヨハン・ウィレム・フリーゾの娘アマーリエと結婚、2人の子を儲けた。