フリードリヒ・ヨハン・カール・ベッケ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フリードリヒ・ヨハン・カール・ベッケ
生誕 1855年12月31日
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国 プラハ
死没 (1931-06-18) 1931年6月18日(75歳没)
研究分野 鉱物学岩石学
研究機関 チェルニウツィー大学
プラハ大学
ウィーン大学
主な業績 ベッケ線の発見
主な受賞歴 ウォラストン・メダル(1929年)
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

フリードリヒ・ヨハン・カール・ベッケ(Friedrich Johann Karl Becke、1855年12月31日 - 1931年6月18日)は、オーストリア鉱物学者岩石学者である。鉱物屈折率を調べるのに顕微鏡観察で生じる干渉縞である、「ベッケ線」を用いる方法を開発した。

当時、オーストリア=ハンガリー帝国であったプラハに生まれた。1982年からチェルニウツィー大学 (Chernivtsi University) の教授となり、その後プラハ大学ウィーン大学の教授を務めた。鉱物の切片を液中に浸して、干渉縞(ベッケ線)を観察する方法を開発した。

1929年にロンドン地質学会からウォラストン・メダルを受賞した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]