フランツェスカ・ティッセン=ボルネミッサ

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ウィーンで行われたチベット問題に関する集会に出席したフランツェスカ・フォン・ハプスブルク、2012年

フランツェスカ・アンヌ・ドロレス・ティッセン=ボルネミッサ・デ・カーソン・エト・インペールファルヴァFrancesca Anne Dolores Freiin Thyssen-Bornemisza de Kászon et Impérfalva, 1958年6月7日 ローザンヌ - )は、旧オーストリア皇帝ハプスブルク=ロートリンゲン家家長カール・ハプスブルク=ロートリンゲンの妻。結婚後はフランツェスカ・フォン・ハプスブルク(Francesca von Habsburg)と名乗っている。

美術品収集家のハンス・ハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵とその3番目の妻のフィオナ・キャンベル=ウォルター(Fiona Campbell-Walter、1932年 - )の間の第1子、長女(父にとっては第2子)として生まれた。母はイギリス人のファッションモデルで、英国下院議員・ジャワ島副領事を務めた准男爵エドワード・キャンベル英語版の孫娘であった。母がアレクサンドロス・オナシス英語版との再婚を望んだため、両親は1965年に離婚した。

スイスル・ロゼ校を卒業後[1]、1973年にロンドン芸術大学セント・マーチンズ・カレッジに入学したが、2年後に中退した。大学中退後は女優・モデルとして働いた[2]。1985年にスイス・ルガーノに戻って父の美術コレクションの管理者・学芸員となった[2]

1993年1月13日にマリアツェル英語版において、オーストリア元皇太子オットー・フォン・ハプスブルクの長男カールと結婚し、間に1男2女の3人の子女をもうけた。夫妻は2003年に円満な形で別居している[2]。フランツェスカは現代美術の収集家・後援者として活動し[2]、2002年にはウィーンにティッセン=ボルネミッサ現代美術財団を設立し、同財団の理事長を務めている[1]ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中にはクロアチアの文化遺産や美術品の保護活動を行い[1]、戦争中に損傷した教会堂や絵画の修復を熱心に支援した[2]

2006年のテレビ映画『Kronprinz Rudolfs letzte Liebe』にベルギー王妃マリー・アンリエット役で出演している。

子女[編集]

夫との間に3人の子女がある。

脚注[編集]

外部リンク[編集]