フランチェスコ4世 (モデナ公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オーストリアの金羊毛騎士団の正装をしたフランチェスコ4世

フランチェスコ4世: Francesco IV, 1779年10月6日 - 1846年1月21日)は、モデナ公(在位:1814年 - 1846年)、オーストリア=エステ大公ハンガリー王子およびベーメン王子。全名はドイツ語フランツ・ヨーゼフ・カール・アンブロジウス・シュタニスラウスFranz Joseph Karl Ambrosius Stanislausイタリア語フランチェスコ・ジュゼッペ・カルロ・アンブロージョ・スタニズラオFrancesco Giuseppe Carlo Ambrogio Stanislao)。

モデナ公の相続人に指名されながら即位できなかったフェルディナントと、その妃でモデナ公エルコレ3世の娘マリーア・ベアトリーチェの間に第五子としてミラノで生まれた。ナポレオンによって滅ぼされる前のモデナ公エルコレ3世の孫にあたる。

フランチェスコ4世はモデナで死去した。遺体はモデナの聖ヴィンチェンツォ教区教会に葬られている。

子女[編集]

フランチェスコ4世は1812年6月20日サルデーニャヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の王女マリーア・ベアトリーチェと結婚した。マーリアは姪(姉マリーア・テレーザ王妃の長女)にあたり、2人は非常に近い血縁であったため、ローマ教皇ピウス7世から結婚の際に特免状が出された。

彼女との間には以下の二男二女をもうけた。名前はすべてドイツ語名で記載。

先代:
エルコレ3世
モデナ公
1814 - 1846
次代:
フランチェスコ5世
先代:
フェルディナント
オーストリア=エステ大公
1806 - 1846
次代:
フランチェスコ5世