フランチェスコ3世・ゴンザーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

フランチェスコ3世・ゴンザーガ(Francesco III Gonzaga, 1533年3月10日 - 1550年2月21日) は、フェデリーコ2世マルゲリータ・パレオロギとの息子で、1540年から亡くなるまでマントヴァ公モンフェッラート侯であった。

生涯[編集]

フランチェスコ3世は、父が死んだ時はわずか7歳にもかかわらず、1540年7月5日マントヴァ公となった。成人するまでは母親のマルゲリータと後見人の叔父エルコレとフェッランテが国を治めた。皇帝カール5世は1543年6月28日に、叙任を許可した。この機会に皇帝の従兄弟で、フェルディナントの娘カテリーナと婚約した。結婚式は1549年10月22日フランチェスコが16歳になった後に行われた。しかし若い二人の結婚生活は短期間となった。配偶者がマントヴァに到着した数ヶ月後、公は湖の冷たい水に落ち肺炎をわずらった。療養中若い公は再発に耐えた(おそらく謝肉祭の準備があったため)が亡くなった。カテリーナはオーストリアに戻り、公国は弟のグリエルモが継ぐこととなった。

関連項目[編集]

先代:
フェデリーコ2世
マントヴァ公
1540年1550年
次代:
グリエルモ
先代:
フェデリーコ
モンフェッラート侯
1540年 – 1550年
次代:
グリエルモ10世
執筆の途中です この「フランチェスコ3世・ゴンザーガ」は、イタリア歴史関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア