フランチェスコ2世・ゴンザーガ

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フランチェスコ2世の肖像、アンブラス城所蔵、インスブルック
勝利の女神, アンドレーア・マンテーニャルーブル美術館パリ)、元はフランチェスコ2世がフォルノーヴォの戦いを記念しマントヴァのサンタ・マリーア・デッラ・ヴィットーリア礼拝堂に寄贈した物

フランチェスコ2世・ゴンザーガFrancesco II Gonzaga, 1466年8月10日 - 1519年3月29日)は、マントヴァフェデリーコ1世・ゴンザーガバイエルン公アルブレヒト3世の娘マルゲリータ・ディ・バヴィエラとの息子である。ジャンフランチェスコ(Gianfrancesco)とも。

父の死によりマントヴァ侯に即位、1490年2月12日フェラーラエルコレ1世・デステの娘イザベラ・デステと結婚し、ゴンザーガ家エステ家の伝統的な同盟関係を更新した。

1495年フォルノーヴォの戦いイタリア語版フランス語版英語版で、フランチェスコ2世・ゴンザーガ率いるミラノ公国ヴェネツィア共和国の同盟軍は、ナポリ王となっていたフランス王シャルル8世に勝利し、 敗北したフランスが撤退したためナポリはアラゴンの手に戻った。

1519年に死去。一説では死因は梅毒といわれる。

家族[編集]

フランチェスコ2世とイザベラとの間には6人の子があった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
フェデリーコ1世・ゴンザーガ
マントヴァ侯
1484年 - 1519年
次代:
フェデリーコ2世・ゴンザーガ