フランチェスコ・アルチャート
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フランチェスコ・アルチャート(Francesco Alciato、1522年2月1日 - 1580年4月19日)は、イタリアの法学者。著名な法学者にしてエンブレム作家であったアンドレーア・アルチャートの甥にあたる。
人物[編集]
法学者としてパヴィア大学教授を勤めたあと、ローマ教皇ピウス4世によって教皇庁に取り立てられ、後に枢機卿になった。
彼の文才は、マルク=アントワーヌ・ミュレやピエトロ・ヴェットーリら同時代の文人に高く評価する者もいたが、著作が公刊されることはなかった。
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