フランソワ・ルクレール・デュ・トランブレー
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フランソワ・ルクレール・デュ・トランブレー(フランス語: François Leclerc du Tremblay, 1577年 - 1638年)は、カプチン・フランシスコ修道会員で、現代フランス語の灰色の枢機卿(フランス語: Éminence grise)という用語の起原として知られる。ユグノー戦争を苦しんでいたフランスで育った。22歳のとき、カプチン・フランシスコ修道会に入会した。しかし目の病気のため、哲学の教授を中断して、宗教に傾注していった。
「灰色の枢機卿」という黒幕[編集]
1612年からリシュリューと付き合ってはじめた。カプチン・フランシスコ修道会員らの助力で国内における広い諜報ネットワークを成立して、その結果として政治に活動する機会があった。ヴェストファーレン条約の準備の重要な参加者と見られる。