フランク・ライアン・ポーク

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フランク・ライアン・ポーク

フランク・ライアン・ポーク(Frank Lyon Polk, 1871年9月13日 - 1943年2月7日)は、アメリカ合衆国政治家

生涯[編集]

ニューヨーク州ニューヨークにおいて、ウィリアム・メクレンバーグ・ポーク (William Mecklenburg Polk, 1844-1918) とアイダ・アッシュ・ライアン (Ida Ashe Lyon, 1845-????) の次男として誕生した。1894年イェール大学を卒業して学士号を取得し、1897年コロンビア大学法科大学院を卒業して法学博士号を取得した[1]

1906年から1913年までニューヨーク市の各種委員会で委員を務め、1914年から1915年まで法人弁護士を務めた。1915年から1919年まで国務省参事官を務め[2]1919年から1920年まで国務次官を務めた[3]1920年2月から3月にかけては国務長官代行も務めた。国務省では諜報部門の海外活動について調整を図り、ロシアの反革命勢力(白軍)に対して好意的な書簡を送った。1919年のパリ講和会議では、アメリカの代表団の方向性を指揮した[4]

1924年民主党大統領予備選挙ジョン・ウィリアム・デイヴィスを支持した。

1943年2月7日、ニューヨークで死去した。

家族[編集]

1908年2月28日にニューヨーク市内でエリザベス・スタージス・ポッター (Elizabeth Sturgis Potter) と結婚した。2人の間には3男2女が生まれた[1]

  1. ジョン・メトカーフ・ポーク (John Metcalf Polk, 1908-)
  2. エリザベス・スタージス・ポーク (Elizabeth Sturgis Polk, 1910-1990)
  3. フランク・ライアン・ポーク (Frank Lyon Polk, 1911-)
  4. ジェイムズ・ポッター・ポーク (James Potter Polk, 1914-1987)
  5. アリス・ポッター・ポーク (Alice Potter Polk, 1917-)

参考文献[編集]

  1. ^ a b RootsWeb.com - Some Descendants of Richard Gaines of Old Rappahannock County, Virginia - The First Nine Generations
  2. ^ - United States Department of State - Counselors
  3. ^ United States Department of State - Under Secretaries of State, 1919-1972
  4. ^ Polish Music Journal 4.1.01 - Paderewski and Poland's 10th Anniversary, Part III
公職
先代:
ロバート・ランシング
アメリカ合衆国国務省参事官
1915年9月16日 - 1919年6月30日
次代:
ロバート・ウォルトン・ムーア
先代:
-
アメリカ合衆国国務次官
1919年7月1日 - 1920年6月15日
次代:
ノーマン・デイヴィス