ボビー・ラシュリー
| ボビー・ラシュリー | |
|---|---|
2006年、バグダードにて
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| プロフィール | |
| リングネーム | ボビー・ラシュリー |
| 本名 | フランクリン・ロバート・ラシュリー |
| ニックネーム | The Real Deal |
| 身長 | 188 cm |
| 体重 | 124 kg |
| 誕生日 | 1976年7月16日(35歳) |
| 出身地 | カンザス州ジャンクション・シティ |
| 所属 | フリーTNA |
| スポーツ歴 | レスリング |
| デビュー | 2003年 |
| ボビー・ラシュリー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 本名 | フランクリン・ロバート・ラシュリー (Franklin Robert Lashley) |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1976年7月16日(35歳) |
| 出身地 | カンザス州ジャンクション・シティ |
| 所属 | アメリカン・トップチーム |
| 身長 | 191cm |
| 体重 | 120kg |
| 階級 | ヘビー級 |
| スタイル | |
ボビー・ラシュリー(Bobby Lashley、本名:フランクリン・ロバート・ラシュリー(Franklin Robert Lashley)1976年7月16日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー、総合格闘家。カンザス州ジャンクション・シティ出身のアフリカ系アメリカ人。アメリカン・トップチームとTNAに所属。
目次 |
[編集] 来歴
ミズーリ・ヴァレー大学ではレスリングの選手として活躍し、1997年と1998年にNAIA(National Association of Intercollegiate Athletics)のチャンピオンとなる。その後アメリカ陸軍への入隊を経て、2005年9月23日、スマックダウンに登場してWWEデビューを果たした。レスリングの経験を活かし、ベリー・トゥ・ベリーやスープレックスで相手を豪快に投げる格闘スタイルで売り出された。
デビュー早々にSurvivor Series 2005のイリミネーション・タッグマッチに出場。No Way Out 2006では、JBLと対決。その際、フィンレーが乱入したため、抗争を開始。Judgment Day 2006では、ブッカー・Tと対決。その試合もフィンレーの乱入のため敗北。しかし、Judgment Day 2006明けのスマックダウンで、JBLからUS王座を獲得。その後キング・ブッカー(ブッカー・T)、フィンレーとの抗争を繰り広げ世界王座戦線にも関わるようになった。
2006年11月14日、ECWに移籍。同年12月3日に行われたDecember to Dismember 2006でECW世界王座を獲得した。
ロイヤルランブル2007のECW王座戦でテストを撃破。2月にはNo Way Out 2007でミスター・ケネディの挑戦を受ける(反則負けで王座防衛)。さらにECWに舞台を移し、ハードコア・ホーリーとミスター・ケネディを相手に三つ巴戦を行い、防衛に成功した。翌週にはハードコア・ホーリーとスティール・ケージ・マッチで防衛戦を行う。5分以内に決着がつかなければ王座移動という厳しい条件を課せられたが、残り30秒のところでホーリーを沈め3週連続の王座防衛を果たした。試合後、レッスルマニアを控えたウマガに対して、金網を破壊しつつトペ・コンヒーロを仕掛けるという技を見せた。
レッスルマニア23ではビンス・マクマホンと大富豪ドナルド・トランプの代理戦争に出場し、ウマガとのシングルマッチに勝利したことでビンスは事前の約束どおり丸刈りになる。その後マクマホンファミリーに強奪されたECW王座を巡って抗争を繰り広げる。One Night Stand 2007で王座を奪還するも、ドラフトでRAWに移籍。これに伴いECW王座の返上を余儀なくされた。
2008年2月4日付けで、怪我からの復帰が無いままWWEを解雇された。
2008年8月15日、IGF「GENOME6」でザ・プレデターと対戦し、スピアーからの片エビ固めで勝利を収めた。
2008年12月13日、Mixed Fighting Allianceで総合格闘技デビューを果たし、ジョシュア・フランクリンにTKO勝ちを収めた。
2009年3月21日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアが主催する総合格闘技とボクシングの大会「March Badness」に出場し、ジェイソン・グイダに判定勝ち(当初はケン・シャムロックと対戦予定であったが、ドラッグテストで陽性となり変更となった[1])。
2009年4月19日、TNAのLockdown2009に登場。
2009年6月27日、ミシシッピ州ビロクシで行われた「Ultimate CHAOS」でボブ・サップと対戦し、パウンドにより1ラウンドでギブアップ勝ちを収めた。
[編集] Strikeforce
2010年8月21日、Strikeforce: Houstonでチャド・グリッグスと対戦。2R終了時に立ち上がってコーナーに戻ることができず、レフェリーストップによるTKO負けで総合格闘技初黒星を喫した[2]。
[編集] 得意技
- チョークスラム
- パワースラム
- 相手を肩に担ぎ上げ、体重を浴びせて叩き付ける。
- ドミネーター
- カナディアン・バックブリーカーの体勢から、相手を前方に反転させフェイスバスターで叩き付ける(考案者ロン・シモンズがレスラーとしてWWEに復帰した際は使用を控えていた)。
- スピアー
- スープレックス
- 持ち上げた後、片手を離しパワーを誇示してから落とす。
- ベリー・トゥ・ベリー
[編集] 戦績
[編集] プロ総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 6 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 5 勝 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 1 敗 | 1 | 0 | 0 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | チャド・グリッグス | 2R終了時 TKO(続行不能) | Strikeforce: Houston | 2010年8月21日 |
| ○ | ウェズ・シムズ | 1R 2:06 KO(パウンド) | Strikeforce: Miami | 2010年1月30日 |
| ○ | ボブ・サップ | 1R 3:17 ギブアップ(パウンド) | Ultimate CHAOS | 2009年6月27日 |
| ○ | マイク・クック | 1R 0:24 ギロチンチョーク | Mixed Fighting Championships 21: Hard Knocks | 2009年5月15日 |
| ○ | ジェイソン・グイダ | 5分3R終了 判定3-0 | March Badness | 2009年3月21日 |
| ○ | ジョシュア・フランクリン | 1R 0:41 TKO | Mixed Fighting Alliance: There Will Be Blood | 2008年12月13日 |
[編集] 獲得タイトル
- WWE US王座:1回
- ECW世界ヘビー級王座:2回
[編集] 脚注
- ^ Jason Guida replaces Shamrock against Lashley MMA Weekly 2009年3月13日
- ^ 【Strikeforce】ラシュリーがガス欠、2R終了時にTKO負け MMAPLANET 2010年8月22日