フランカ・ポテンテ

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フランカ・ポテンテ
Franka Potente
フランカ・ポテンテFranka Potente
2005年
生年月日 1974年7月22日(40歳)
出生地 ミュンスター
国籍 ドイツドイツの旗
主な作品
ラン・ローラ・ラン
ボーン・アイデンティティー

フランカ・ポテンテFranka Potente1974年7月22日 - )は、ドイツ出身の女優

来歴[編集]

生い立ち[編集]

父親は教師[1]。「ポテンテ」というイタリア風の名字は、19世紀にシチリアからドイツに移住した屋根ふき職人の先祖に由来する[2]

ミュンヘンの演劇学校やニューヨークのリー・ストラスバーグ演劇学校で演技を学んだ。

キャリア[編集]

1998年、トム・ティクヴァ監督の『ラン・ローラ・ラン』のヒットで世界的に知られるようになった。2001年の『ブロウ』からはアメリカ映画にも出演し、『ボーン・アイデンティティー』ではマット・デイモン演じる主人公の恋人役に抜擢された。

2007年にはエリック・バナと共演したオーストラリア映画ディア マイ ファーザー』、2008年にはスティーヴン・ソダーバーグ監督、ベニチオ・デル・トロ主演の『チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙』に出演。

執筆業にも興味を示し、2010年には日本を題材とした短編小説集"zehn"を上梓。

私生活[編集]

『ラン・ローラ・ラン』のティクヴァ監督と交際していたが2002年に別れている。その後、『Try Seventeen』(2002年)で共演したイライジャ・ウッドと短期間交際している。

2008年に、Dioと呼ばれる36歳のビジネスマンと婚約した[3]。彼はヨーロッパに住むアメリカ人で、二人はアムステルダムで出会った。

ドイツ語の他に、英語イタリア語も話す。

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1998 ホロコースト2000-
Opernball
ガブリエレ テレビ映画
ラン・ローラ・ラン
Lola rennt
ローラ
アム・アイ・ビューティフル?
?Bin ich schön?
リンダ
2000 アナトミー
Anatomie
パウラ・ヘニング
プリンセス・アンド・ウォリアー-
The Princess and the Warrior
シシー
2001 ブロウ
Blow
バーバラ・バックリー
ストーリーテリング
Storytelling
編集者
2002 ボーン・アイデンティティー
The Bourne Identity
マリー・クルーツ
17歳 ~体験白書~-
All I Want
ジェーン
2003 アナトミー2
Anatomie 2
パウラ・ヘニング
2004 ボーン・スプレマシー
The Bourne Supremacy
マリー・クルーツ
0:34 レイジ34フン
Creep
ケイト
2006 素粒子
Elementarteilchen
アナベル
2007 ディア マイ ファーザー
Romulus, My Father
クリスティーン
ヒトラーの審判 アイヒマン、最期の告白-
Eichmann
ヴェラ
2008 チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙
The Argentine / Guerrilla
タニア
1945戦場への橋 -ナチス武装戦線-
Die Brücke
エルフィ
2009 Dr.HOUSE
House
リディア テレビシリーズ、1エピソードに出演
2010 シャンハイ
Shanghai
レニ


参照[編集]

  1. ^ Franka Potente Biography (1974-)
  2. ^ http://www.imdb.com/name/nm0004376/bio
  3. ^ Franka Potente mit Amerikaner verlobt

外部リンク[編集]