フラウンホーファー協会
フラウンホーファー協会(独: Fraunhofer-Gesellschaft, FhG)は、ドイツ全土に56の研究所を持つ研究機関。フラウンホーファー研究機構とも。各研究所は科学の様々な応用を研究テーマとしている(マックス・プランク研究所は基礎研究中心である点が異なる)。12,500人以上の科学者と技術者を抱え、年間研究予算は約12億ユーロである[1]。費用の一部はドイツ各州(およびそれを経由して政府)から提供されているが、3分の2は政府や産業界からの研究委託で賄われている。
名称の由来は、科学者であり技術者であり起業家でもあったヨゼフ・フォン・フラウンホーファーに由来する。
アメリカ合衆国には6つの研究センターを持ち、アジアに3つの研究センターがある。日本にはフラウンホーファー日本代表部がある[2]。
なお正式名称は Fraunhofer-Gesellschaft zur Förderung der angewandten Forschung e. V(直訳すると「応用研究推進のためのフラウンホーファー協会」)である。
例えば、以下のようなプロジェクトが行われたことがある。
- MP3圧縮アルゴリズムはフラウンホーファーIIS(集積回路研究所)で発明され、特許が取得されている。その特許権収入は2005年現在で約1億ユーロであった。[1]
- イケアの店舗で使用するプログラムを開発した。これは、客が自宅の部屋の写真を持ち込むと、それをデジタイズし、家具を配置したときの様子を事前に確認できるもの。
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[編集] フラウンホーファーモデル
1973年以降、同協会はフラウンホーファーモデルと呼ばれるものによって継続的な成長を成し遂げてきた。このモデルでは、協会が産業界や政府の特定プロジェクトとの契約を通して約60%の収入を得る。残り40%は 9:1 の比率で連邦政府と州政府からの予算で賄い、それを予備的研究にあてる。
従って、収入を増やすにはより多くの契約を獲得しなくてはならない。このモデルは協会に適用されるだけでなく、個々の研究所にも適用される。これにより、フラウンホーファー協会が応用研究の分野でリーダーになるという戦略的方向性を明確化し、同時に研究の優先順位を柔軟かつ自律的にし、起業家的な取り組みを奨励することにつながっている。
[編集] 研究所
以下のような研究所がある。
- SCAI 科学技術計算
- FIT 応用情報技術
- IOF 応用光学・精密工学
- IAP ポリマー材応用技術
- IAF 応用固体物理学
- IBMT 医用生体工学
- IBP 建築物理学
- IKTS セラミック技術・システム
- ICT 化学技術
- ESK 通信システム
- FIRST コンピュータ・アーキテクチャとソフトウェア工学
- IGD コンピュータグラフィックス
- IDMT 電子媒体
- FEP 電子・プラズマ技術
- Fraunhofer eGovernment Center 電子政府
- UMSICHT 環境・安全・エネルギー技術
- IESE 実験ソフトウェア工学
- IFF 工場操業・自動化
- EMI 高速動力学(Ernst-Mach-Institut)
- IAO 生産管理工学
- ITWM 工業数学
- IITB 情報・データ処理
- IRB 地方計画・建築情報センター
- IIS 集積回路
- IISB 統合システム・デバイス
- IPSI 統合制作・情報システム
- IAIS 知的解析・情報システム
- IGB 界面工学・バイオテクノロジー
- ILT レーザー技術
- IWU 工作機械・成形技術
- IFAM 製造技術・応用材料工学
- IPA 製造技術・自動化
- IWS 材料・ビーム技術
- IML 物流・ロジスティクス
- IWM 材料力学
- IMS 超小型回路・システム
- IME 分子生物学・応用生態学
- HHI 通信(Heinrich-Hertz-Institut)
- IZFP 非破壊検査
- FOKUS オープン・コミュニケーション・システム
- PST ドイツ研究特許センター
- IPMS フォトニック・マイクロシステム
- IPM 物理的測定技術
- IVV プロセス工学・パッケージング
- IPK 生産システム・デザイン技術
- IPT 生産技術
- IZM 信頼度・マイクロインテグレーション
- SIT セキュア情報技術
- ISC ケイ酸塩
- ISIT ケイ素技術
- ISST ソフトウェア・システム工学
- ISE 太陽エネルギー・システム
- LBF 構造耐久性
- ISI システム・イノベーション
- INT 技術動向分析
- TEG 技術開発グループ
- IST 薄膜・表面技術
- ITEM 毒性学・実験医学
- IVI 運輸・インフラ
- WKI 木材(Wilhelm-Klauditz-Institut)
[編集] 歴史
フラウンホーファー協会は1949年3月26日、産業界、学界、バイエルン州政府、ドイツ政府の代表者らによってミュンヘンで創設された。
1952年、ドイツ経済技術省はフラウンホーファー協会を、ドイツ研究協会(DFG)およびマックス・プランク研究所に続く第三の(大学以外の)研究機関として認めた。同協会が応用研究中心で運営されていることの是非については、ドイツ国内でも長い間議論されている。1954年、最初の研究施設が完成。1956年までドイツ防衛省の協力のもとに施設の拡充が行われた。1959年には、9つの研究所を持ち、135人の研究者/技術者を抱え、予算規模は360万ドイツマルクとなっていた。
1965年には、応用研究のための組織として認識されるようになった。1968年、軍事研究における役割が批判されることになった。1969年には、1,200人以上を抱え、19の研究所を持つようになった。予算規模は3300万ドイツマルク。この年に今後の計画に関する委員会が設立され、後にフラウンホーファーモデルと呼ばれるようになる運営モデルが作られた。このモデルは1973年に連邦政府によって承認された。1977年、政治的な管轄は、防衛大臣と教育研究大臣が共有する形となった。
1984年には、3,500人を抱え、33の研究所を持ち、予算規模は3億6000万ドイツマルクとなった。1988年には防衛関係の研究は全体の約10%にまで低下した。1989年には、6,400人を抱え、37の研究所を持ち、予算規模は7億ドイツマルクになっている。
1991年のドイツ統一にあたって、フラウンホーファー協会は旧東ドイツのいくつかの研究機関を統合し、既存の研究所の支所という形にした。1993年には、予算規模が10億ドイツマルクを超えた。
2000年から2001年にかけて、ドイツ教育研究省の指導により、フラウンホーファー協会は GMD (Gesellschaft für Mathematik und Datenverarbeitung -- Society for Mathematics and Information technology) のIT研究センターや研究所を統合した。また、このころIIS(集積回路研究所)でMP3が開発された。
[編集] 歴代の会長
- Walther Gerlach (1949年–1951年)
- Wilhelm Roelen (1951年–1955年)
- Hermann von Siemens (1955年–1964年)
- Franz Kollmann (1964年–1968年)
- Christian Otto Mohr (1968年–1973年)
- Heinz Keller (1973年–1982年)
- Max Syrbe (1982年–1993年)
- Hans-Jürgen Warnecke (1993年–2002年)
- Hans-Jörg Bullinger (2002年 -)
[編集] 脚注
- ^ Staff (2006年3月). “Fraunhofer-Gesellschaft: About Us”. Fraunhofer-Gesellschaft organisational web site. 2006年6月6日閲覧。
- ^ Staff (2006年3月). “Fraunhofer-Gesellschaft: International Locations”. Fraunhofer-Gesellschaft organisational web site. 2006年6月6日閲覧。