フョードル・ストラヴィンスキー

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ダルゴムイシスキーの歌劇《ルサルカ》で粉挽き職人に扮するフョードル・ストラヴィンスキー

フョードル・イグナチエヴィチ・ストラヴィンスキー: Фёдор Игнатиевич Стравинский / ラテン文字:Fyodor Ignatievich Stravinsky, 1843年6月20日 - 1902年11月21日)は、ロシア声楽家ならびに俳優。作曲家イーゴリは息子で、同じく作曲家のスリマは孫。

人物・概要[編集]

ウクライナ系またはポーランド系ロシア人の家庭にキエフで生まれた。地元で活動に入った後、サンクトペテルブルクに上京し、1876年から没年までの26年間、マリインスキー劇場オペラ歌手として活躍した。彼の声はもともと美声とは言いがたかったが、2オクターヴ以上に及ぶ声域を持ち、音程・柔軟性・声色のコントロールに優れた。オシップ・ペトロフの後継者として称賛され、その傑出した演劇的な能力ゆえに歌手としても俳優としても成功を収めた。


以下の歌劇は、フョードルによって創唱されている。

最晩年には半身不随となり、脊椎ガンで死去した。帝国歌劇場の指導的なバス歌手として認められていたために、歿するとペテルブルクのノヴォデヴィチー墓地に埋葬された。また、貴重な回想録を遺している。