フォーサイス・レーシング

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ブライアン・ハータの77号車、ロッキンガム・モーター・スピードウェイ、2001年

フォーサイス・レーシング (Forsythe Racing) は、アメリカ合衆国のレーシングチーム。チームオーナーはジェラルド・フォーサイスダン・ペティット。かつてチャンプカー・シリーズに参戦したが、2008年のIRLとの統合後に撤退した。

歴史[編集]

チームはフォーサイス・レーシングとして活動を始め、1983年から85年まで適度の成功を収めた。1983年はルーキードライバーのテオ・ファビが4勝を収め、インディ500ではポールポジションを獲得した。1994年にバリー・グリーンがチームに参画し、フォーサイス・グリーン・レーシング (Forsythe-Green Racing) と名称を改めたが、翌年グリーンはドライバーのジャック・ヴィルヌーヴと共にチーム・グリーンを立ち上げシリーズに参戦した。フォーサイス・レーシングは1995年にグレッグ・ムーアと契約、ムーアは続く5シーズンを戦った。1シーズンはインディ・ライツ・シリーズで、12戦の内10勝を挙げ、4シーズンはCARTであった。ムーアは1999年シーズンに事故死したが、それまでに5勝を挙げ、1998年はシーズン5位の成績を挙げた。

1998年、チームは態勢を拡大し、オールカナダチームとしてパトリック・カーペンティアを加えた。カーペンティアは2004年までフォーサイスで参戦し、5勝を挙げた。2003年にベテランのポール・トレーシーアレックス・タグリアーニに代わって加入する。トレーシーは7勝を挙げ、CART最終年にチームへタイトルをもたらした。2006年、マリオ・ドミンゲスがカーペンティアに代わって加入したがシーズン途中で解雇され、A.J.アルメンディンガーが加入した。アルメンディンガーは参加緒戦で3連勝を挙げ、自らの初勝利を達成した。アルメンディンガーはその成績にもかかわらず、翌シーズンの契約を合意できず、シーズン途中で2007年はレッドブルNASCARチームに加入することを発表、フォーサイスは彼を解雇し代わってバディ・ライスを起用した。2007年3月30日、フォーサイスはドミンゲスの復帰を発表したが、第4戦のポートランド戦から彼に代わってオリオール・セルビアが加入した。2008年シーズンは元ルースポートのオーナーであったダン・ペティットと共にチームを統合[1]フォーサイス・ペティット・レーシング (Forsythe/Pettit Racing) として2台態勢で参戦する予定であったが、CARTのIRLの統合により、チームはインディカー・シリーズへの参戦を取りやめた。チームはアトランティック・チャンピオンシップに参戦し、ロングビーチでは3台のパノスDP01を走らせた[2]

2008年7月15日、フォーサイス・レーシングはインディ・ライツ・シリーズへの2009年の復帰を発表した。加えてチームマネージャーのケン・スウィックによるとインディカー・シリーズおよびアメリカン・ル・マン・シリーズへの参戦も近いというコメントも行われたが[3]、その後は各シリーズへの参戦に関する発表は行われていない。

所属ドライバー[編集]

参照[編集]

  1. ^ Malsher, David. Pettit joins Forsythe as RuSPORT close, autosport.com, November 26, 2007
  2. ^ Racer Staff, Forsythe Championship Racing Ceases Operations, SpeedTV.com/Racer Magazine, February 28, 2008
  3. ^ Phillips, David. Forsythe plan IRL and ALMS for '09, Autosport.com, July 19, 2008

外部リンク[編集]