王菲
| フェイ・ウォン | ||||||||||||||
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フェイ・ウォン(2003年) |
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| 中国語 | 王菲 | |||||||||||||
| 拼音 | Wáng Fēi | |||||||||||||
| 粤拼 | Wong4 Fei1 | |||||||||||||
| 出生名 | 夏琳 (Xià Lín) | |||||||||||||
| 出身 | 香港 | |||||||||||||
| 出生 | 1969年8月8日(42歳) |
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| 別名 | 王靖雯 | |||||||||||||
| 英語名 | Shirley Wong Faye Wong |
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| 職業 | シンガーソングライター、女優 | |||||||||||||
| ジャンル | C-POP、J-POP、ロック | |||||||||||||
| レーベル | Cinepoly (1989-1997) EMI (1997-2001) ソニーBMG (2003-) |
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| 活動期間 | 1989年 – | |||||||||||||
| 配偶者 | 竇唯 (1996 – 1999) 李亞鵬 (2005 – ) |
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| 子供 | 2人 | |||||||||||||
| 影響者 | テレサ・テン、コクトー・ツインズ | |||||||||||||
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目次 |
[編集] 経歴
1969年8月北京生まれ。生まれた当時は母の姓を取り「夏林(拼音: Xià Lín , シィア・リン)」と名づけられたが、14歳のとき、父の姓を取り「王菲」と改名。高校で歌を始め、北京で数本のカセットテープを発売した。
高校を卒業後香港へ移住。当初は海外へ留学するための経由地として香港へ移住したが、新しくやって来た移民は1年間香港から出国することが出来ない制度があったため、留学を断念し歌を習い始める。その歌の先生に勧められ、シネポリー・レコードのオーディションを受け、合格。1989年に王靖雯(Shirley Wong)の名で歌手デビューを果たす。当時のキャッチフレーズは”北京からやってきた女の子”。3枚のアルバムを発表したが、大きなヒットもなく、香港の音楽業界のシステムに馴染めなかった彼女は1991年から1992年までの約半年間アメリカ合衆国に留学する。
シネポリー・レコードとの契約が1枚残っていた彼女は、1992年香港に戻り、アルバム "Coming Home" を制作、発表。この時、英語名を本名に近いFaye Wongと改名。"Coming Home" の収録曲 '容易受傷的女人' (邦題:「傷つきやすい女」、中島みゆきの「ルージュ」のカヴァー)は爆発的ヒットを記録、その年の香港の音楽賞を総なめにした。1994年には初めて母語である北京語のアルバム "’迷"(邦題:恋のパズル)を発表、台湾、東南アジアへの進出を果たした。同年に中文名を本名の王菲にし、それ以降本名で活動している。
主な活動拠点は香港で、ギネスブックにも「広東語のアルバム累計売り上げ」で世界一と認定されている。 中国語圏のみならずアジア圏を代表する歌手の一人ともいわれ、香港では第二のテレサ・テンとも呼ばれる。
日本ではプレイステーション用ゲームソフト『ファイナルファンタジーVIII』の主題歌「Eyes On Me」を歌った事や、関西方面でJ-PHONE(現ソフトバンクモバイル)のキャラクターを務めた事、フジテレビ系のテレビドラマ『ウソコイ』に主演と主題歌「Separate Ways」を歌ったことでも知られる。特に「Eyes On Me」は50万枚の売り上げを記録し、オリコン総合シングルチャート最高位9位(洋楽チャートでは19週連続1位)を記録。第14回日本ゴールドディスク大賞では洋楽部門のソング・オブ・ザ・イヤーを、第41回日本レコード大賞ではアジア音楽賞を受賞した。また1999年3月には、日本国外を拠点としている中国人アーティストとしては初めて日本武道館でコンサートを行った(大陸中国人以外としては、当時イギリス統治下香港出身のアグネス・チャンが1978年に行っているのが初)。
私生活では、1996年に中国のロックバンド「黒豹」の元ボーカル、ドウ・ウェイ(竇唯)と結婚し、一女をもうけたが、1999年に離婚。その後香港の俳優で歌手、ニコラス・ツェー(謝霆鋒)と交際していたが破局。2005年に中国の俳優、リー・ヤーポン(李亞鵬)と再婚した。
リー・ヤーポンと再婚した後は仕事をセーブしている。2006年5月に出産した女児が重度の口唇裂であったことを公表、同じ障害に苦しむ貧しい子供たちの為の『嫣然天使基金』を夫と共に立ち上げ、話題になった。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] オリジナルアルバム
[編集] Cinepoly Records
- 『王靖雯』(1989年)
- 『Everything』(1990年)
- 『You're the Only One』(1990年)
- 『Coming Home』(1992年)
- 『悔やまぬ心で(執迷不悔)』(1993年)
- 『十万回のなぜ(十萬個為什麼)』(1993年)
- 『恋のパズル(’迷)』(1994年)
- 『夢遊(胡思亂想)』(1994年)
- 『天空』(1994年)
- 『背影(討好自己)』(1994年)
- 『マイ・フェイヴァリット(菲靡靡之音)』 (1995年)- テレサ・テンのトリビュート・アルバム
- 『Di-Dar』(1995年)
- 『アンサイティー(浮躁)』(1996年) - 『胡思亂想』にカバー曲を収録したのが縁で、イギリスのロックバンド、コクトー・ツインズから2曲プロデュースを受けている('分裂' と '掃興')。
- 『玩具(ミニアルバム)』(1997年)
- 『自便(EP)』 (1997年)
[編集] EMI Records
- 『フェイ・ウォン(王菲)』(1997年)- 収録曲 '人間' は中島みゆきが彼女のために提供した楽曲(作詞は林夕)。中島も後に自身のアルバム『わたしの子供になりなさい』で「清流」とタイトルを変え、そして詞も書き直しセルフカバーしている。また '娯樂場' はコクトー・ツインズが彼女のために提供した楽曲である(作詞は林夕)。
- 『チャン・ヨウ~歌あそび~(唱遊)』(1998年)
- 『ラヴァーズ・アンド・ストレンジャーズ(只愛陌生人)』(1999年)
- 『フェイブル(寓言)』(2000年)
- 『光の翼(王菲)』(2001年)
[編集] Sony Records
- 『將愛』(2003年)
[編集] ライブアルバム
- 『フェイ・ウォン・ライヴ・イン・コンサート(王菲最精彩的演唱會)』 - 1994年12月22日から1995年1月8日に開催したコンサートを収録(Cinepoly Records)
- 『フェイ・ウォン香港シーニック・ツアー(唱遊大世界王菲香港演唱會)』 - 1998年から1999年の年越しコンサートを収録(EMI Records)
- 『菲比尋常LIVE!』 - 2003年のクリスマスコンサートを収録(Sony Records)
[編集] ベストアルバム
各地域で、膨大な数のベストアルバムが発売されているため割愛。
[編集] 出演作品
[編集] 映画
- 1991年『BEYOND 日記之莫欺少年窮(日本未公開)』
- 1994年『恋する惑星(原題:重慶森林)』 - 彼女はこの作品でストックホルム国際映画祭・最優秀主演女優賞を受賞。全米公開もされた。劇中歌 '夢中人'(クランベリーズ「ドリームズ」のカバー)がスマッシュヒット。
- 2000年『恋戦。 OKINAWA Rendez-vous(戀戰沖縄)』
- 2002年『天下無雙(日本未公開)』
- 2004年『2046』
- 2004年『大城小事(日本未公開)』
[編集] TVドラマ
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク