フィロメナ (聖人)

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フィロメナ
聖フィロメナの像
殉教者
生誕 291年1月10日
ケルキラ島ギリシャ
死没 304年8月10日
ローマイタリア
崇敬する教派 カトリック教会(1837年1月13日‐1961年2月14日)
列聖日 1837年1月13日
列聖場所 ローマ
列聖決定者 グレゴリウス16世
記念日 8月11日

聖フィロメナ(Philomena, Filomena)は、カトリック教会で崇敬されている殉教した少女である。4世紀に殉教した若いギリシャの王女であると言われている。聖人に対する崇敬は、プリシラのカタコンベでの殉教者であると解釈された少女の遺骨の発見後である19世紀初期に始まった。聖人については何も知られていなかったが、墓で見つかったラテン語の銘により、聖人の名前がフィルメナ(フィロメナ)であるとされた。

亡骸は1805年にムニャーノ・デル・カルディナーレに移されて崇敬の的となり、広く評判となった1935年の尊者ポリーヌ・ジャリコーの治癒を含む幾つかの奇蹟が聖人の取次ぎによると信じられた。聖ジャン=マリー・ヴィアンネ神父は、他の人が彼に帰した特別な治癒を聖人に帰した。聖人の生涯と殉教の詳細は、ナポリ修道女の幻視を元にして広まった。

全世界で使われるローマ典礼暦に聖人の祝日は含まれなかったが、1837年以降は一部の場所では認可された。1920年の典型的なローマ典礼書には、ミサ典礼が用いられる場所が殉教した乙女が一般的であり、聖人に適当な者がいない箇所であるという指示と共に、8月11日に聖人に対する言及がある[1]1961年2月14日ローマ教皇庁は聖フィロメナの名前を全ての典礼暦から外すよう命じた[2]。従って、自発教令「スンモールヌム・ポンティフィクム」によりローマ典礼の特別な方式として使われている1962年版のローマ典礼書は、聖人について触れられていない。

脚注[編集]

  1. ^ 1920 typical edition of the Roman Missal, with feasts updated to the late 1920s, p. 214 : "11 August. St Philomena. Virgin and Martyr. Mass: Loquebar from the Common of Virgins, 1."
  2. ^ Acta Apostolicae Sedis, 1961, p. 174. The text can be consulted on the website of the Holy See.