フィリピンパブ

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フィリピンパブは、主にフィリピン人が接客するパブ、飲食店。フィリピン人ホステスとの会話や飲酒、食事の他に、ダンサーによるショーやカラオケなども楽しむことができる。

目次

[編集] 歴史

1970年代に日本人によるフィリピンへの買春ツアーが国内外でメディアに取り上げられ問題になった。その後、日本人の旅行者は激減する。

1980年代以降、興行ビザ(タレントビザとも呼ばれる)でのフィリピン女性が徐々に仕事を求めて来日するようになる。単純労働を認めない日本へ、貧困な家庭出身のフィリピン人でも歌やダンスができればできる仕事として、多くのフィリピン人が競って日本行きを目指すようになる。

当初、ホテル等でのバンド演奏、ダンスショーなどがで来日するも、ホテル内での仲居や飲食店での資格外活動を

目的とした招へいが目立つようになり、ジャパユキが社会問題となる。

時を同じくして安く使えるハワイアンバンドの奏者としてキャバレーに出演するフィリピン人も多く招へいされていた。

そういった中で最初からクラブやキャバレーにホステスをすることを目的として滞在資格が興行として招へいを始める プロモーター、芸能事務所が増えていく。

最盛期の2000年前後には、年間8万人のフィリピン女性が興行ビザで来日し労働していた。北海道から沖縄、八丈島に至るまで日本全国ほとんどにフィリピンパブが存在していたが、大阪だけは(暴力団の資金源になることを恐れた警察による手入れにより)他の都市圏に比べ極端に少なかった。

2004年、アメリカの国務省による人身売買報告書の中で、日本が人身売買容認国として名指しされた。数十万人いた興行ビザでの若い外国人女性の日本入国を「性的搾取による人身売買であり、被害者である外国人女性を全く保護していない」と批判した。しかし当時、日本の外交政策の最優先戦略であった安全保障理事会入りの目標があった為、日本政府はすぐに興行ビザの撤廃を決めた。

2006年、予定通り興行ビザの発給は10%程度に激減した。その結果、日本各地にあったフィリピンパブのほとんどは閉店してしまった。

2007年現在のフィリピンパブでは、ほとんどが興行ビザでの就労ではなく、アルバイト契約で働いている。a.日本人との結婚や育児で滞在許可がある者や、b.親族訪問ビザで来日しているフィリピン人、或いはc.何等かの形(興行或いは親族訪問・観光ビザ等)で来日し、査証期限後も続けて滞在する(=不法滞在)フィリピン人である(この中でb.及びc.に関しては違法就労にあたる)。

また、a.の滞在許可を得る為の偽装結婚も激増し、偽装結婚ブローカーに多額の借金を負わされ半ば強制労働をさせられるケースも多い。入国管理局による摘発も(偽装結婚の真偽確認が)困難である事から、こうした問題はさらに加速していくと思われる。

尚、観光ビザはフィリピン人に対してはとても厳しく取得が難しいが、2週間程度の観光であればビザ発給は特に問題はない。親族訪問ビザも親子関係であればスムーズに発給されるが、兄弟・姉妹、叔父・叔母、祖父・祖母の場合は親子関係に比べて発給率が半分以下になるようである。

[編集] 文化

興行ビザでの外国人女性は、他にも、ロシア人や東欧各国、南米各国、中国人、韓国人、タイ人、インドネシア人等もいたが、最盛期である1990年代後半から2000年にかけてのデータではその大半がフィリピン人であった。

フィリピン人に多くの需要があった理由は

  • 日本に近い(半年間という期限の興行ビザでの渡航費の安さ)
  • 比較的親日で日本文化の影響も強い国民性と、陽気で従順な性格で日本人スタッフによる管理のしやすさ
  • 英語が理解でき現地語がアルファベットであり母音が日本語と同じであることによるコミュニケーションのしやすさ
  • 日本人が知っているような欧米の歌やダンスをほとんどのフィリピン人ができる
  • 陽気でホスピタリティがあり日本にある南国世界の雰囲気

等があり、日本、フィリピン両国にとっての需要供給が一致して人気があった。

日本国内での数十年に渡るフィリピン人タレントの就労で、多くの日本人が手軽に異国人に接することができ、フィリピンパブ愛好家や、フィリピン人女性と結婚する日本人男性も多く、業界も大きくなり飲食業界における一つの文化となっていた。

[編集] 社会問題

フィリピンパブファンの中で、若く素朴なフィリピン女性を騙し性的関係を持とうとする日本人客も同時に増加した。その一方、日本人の優越感、外国人コンプレックス等を裏手に取り、日本人客を騙し金銭的摂取をするフィリピン女性も多く、そのためフィリピン嫌いな日本人も多くなり、そういった悪循環が日本社会の中でフィリピンという国に対する偏見を多く生んでいった。

また、既婚者でありながら妻と家族を捨てて、フィリピン女性と恋に落ちる日本人男性もいたのが偏見を助長した。

中学生の一部の社会科副教材では、このような興行ビザを取得して来日したフィリピン女性を「じゃぱゆき=売春婦」と解説していたことも偏見を助長した。フィリピンでは「じゃぱゆき」という言葉は一般的で歌の歌詞に出てきたりTVで取り上げられることも多々ある。

多大な利益が期待できるビジネスとなったフィリピンパブの経営に乗り出す悪徳業者も出て、フィリピン人労働者への給料未払いやアパート軟禁売春強要なども一部あった。そういった状況から逃げ出したフィリピン人は、滞在期限を越えて不法滞在になり入管に検挙されたこともあった。

2009年現在、興行ビザ制限の中で再来日できなくなることを恐れたフィリピン人が帰国せず超過滞在(不法滞在)となるケースが多くなった。

[編集] フィリピンでは

フィリピンでは、多くの女性達が日本での労働で貧困を脱出する成功例が多くなり、ジャパニーズドリームを夢見る多くの女性達が現在でも日本行きを目指している。

また、フィリピンの第一線で活躍するプロのアイドルタレントであっても、日本のパブへの就労経験があるものも多くいる。日本ではルビー・モレノが有名TVタレントとなった。

フィリピンにはプロモーションと呼ばれるタレント養成所が多数でき、全土から集まった数万人の若いフィリピン女性が歌や踊りをレッスンし、日本行きを目指す。また、本国にあるカラオケバー、パブ等で日本行きを待機しているタレントが数万人いる。その多くが地方から都市に来た貧困な若者なので、養成所での生活費や訓練費はプロモーションへの借金であり、借金は日本での就労後に給料から返済するというシステムである。

また、上記の借金以外にも所属するプロモーションのコミッションの他、フィリピン人マネージャーのコミッションが給料の30~50%(契約次第では50%以上)を占めるため、彼女達の手取り収入は非常に少ない(とはいえ、本国で働くよりも高額の給料を得られる)。

日本への渡航費用、滞在費、食費の一部は日本サイドの業者等が支給している。また、初回分の給料は来日する前に支給される。このような恵まれているシステムは日本だけである(これらが支払われていない、本人の借金であるという誤解は、日本人客から金銭的援助を受けるためのタレントの方便であることが多い)。

現在はビザ取得、入国の際の指紋採取等、来日が非常に難しくなり、容易にビザが下りる国(韓国、台湾、香港、マカオ、中東等)に海外就労する傾向にある(が、これら各国への就労は工場、家政婦等であり、フィリピンパブ等の水商売は非常に少ない)。

[編集] フィリピンの諸問題

フィリピンには階級制度が存在する。一握りの上流階級と中流階級、圧倒的多数の下流階級で占められる社会構造はフィリピン政府のみならず、安い労働力を利用しようとする外資と政府の癒着によって半ば公然と維持され続けている。

階級を飛び越えて結婚しようとすると、上流に位置する側の家族に猛反対されるのは当たり前のことになっている。

大多数の国民は下流階級に位置していることは、例えばマニラの選挙権を保有する人の40%がトンド(スラム街)に暮らす状態となっていることでも良く理解できよう。

このような家庭に生まれた子供達は、経済的理由により高校卒業まで親が面倒を見ることが出来ない。

フィリピンでは中流階級が出来上がることを阻害する動きが根付いている。

例えばブルーカラーの給料とホワイトカラーの給料が5~6倍も開いており、高校卒業以上の学歴を有していない限り、例えばファーストフードの店員にさえ採用してもらえないという実態がある。

下流階級の家庭に生まれた人達はブルーカラーの仕事以外につくことができないため、貧困な状態から抜け出すことは不可能であり、そこに生まれた子供達は学歴を身につけられないため再びブルーカラーの職種につくことになる。

日本で働く通称「じゃぱゆき」と呼ばれる人達に聞くと、ほぼ100%家族の兄弟達の学校卒業に向けた支援の話が飛び出してくるのはこのためである。彼女、彼らは社会構造から抜け出すために懸命に考え、意を決して他国に飛び出すのである。

ブルーカラーとホワイトカラーの給料格差(特に水商売)はアジアでは日本が一番少ないため、フィリピンからの出稼ぎ者は、好んで日本を目指したがる。

フィリピンでクラブに行くと良く理解できるが、歌手とダンサーがステージでパフォーマンスを演じ、客が酒を飲みフロアで踊り、時折歌手とダンサー(アマチュア)にチップを出すという形態の店が沢山存在する。

タレントという職業で彼女、彼らが日本に来るときに抱く初期イメージは、恐らく同じようなものであったと思える。

[編集] 関連項目