フィリバスター

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著名なフィリバスターの一人、ウィリアム・ウォーカー

フィリバスター(filibuster)は、非合法の革命扇動家で、特に反乱や領土拡張を支援するための非正規の軍事探検に従事する者をいう。 また、フィリバスターによって行われた行為を指すためにも用いられる。

フィリバスターと類語「freebooter」のより一般的な用法としては、政府の私掠許可なく外国領などを襲い、金品を奪う者をいう。この単語はスペイン語の「filibustero(意味は「海賊」、「バッカニア」)」が英語に持ち込まれたものだが、さらに元をたどるとオランダ語の「vrijbuiter(freebooter)」であり、はじめ西インド諸島スペイン植民地と船を襲う者を指していわれた。 1573年パナマノンブレ・デ・ディオスを略奪したフランシス・ドレークが特に有名である。 18世紀前半にカリブの海賊が終焉を迎えると、この単語も陳腐化した。

19世紀半ば、アメリカに領土拡張の機運が高まっていた時代、アングロアメリカ人冒険家が武力を以てカリブ、メキシコ中米などの地域に侵入し、支配下に置こうとした際にこの単語が復活した。

1850年代ウィリアム・ウォーカーは私兵を率いてフィリバスターを試みた。彼はメキシコのバハ・カリフォルニア州ソノラ州で挙兵、建国を宣言したが鎮圧された。その後、ニカラグア内戦傭兵として戦った。 当時、ニカラグア湖を通るコースが中米を貫く運河の候補地として有望視されていた。彼はニカラグアの国軍最高司令官に就任し、1856年には自ら大統領となった。ウォーカーは中米の他の地域も支配下に組み込もうとしたが、アメリカの支援を受けられず、結局彼が倒そうとした国に逆に倒されて逮捕され本国に送還されるも、1860年ホンジュラスに上陸し再起を図るが捕らえられ処刑された。

この時代を代表するフィリバスターとしては、ウォーカー、ナルシソ・ロペスジョン・クイットマンの3人が挙げられる。

これらフィリバスターたちの活動から転じて、後にアメリカ合衆国上院議事妨害を指す比喩的な表現として「フィリバスター(filibustering)」が用いられるようになった。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • Brown, Charles H. Agents of Manifest Destiny: The Lives and Times of the Filibusters. University of North Carolina Press, 1980. ISBN 0-8078-1361-3.
  • May, Robert E. "Manifest Destiny's Filibusters" in Sam W. Haynes and Christopher Morris, eds. Manifest Destiny and Empire: American Antebellum Expansionism. College Station, Texas: Texas A&M University Press, 1997. ISBN 0-89096-756-3.
  • ———. Manifest Destiny's Underworld: Filibustering in Antebellum America. University of North Carolina Press, 2002. ISBN 0-8078-2703-7.

外部リンク[編集]