ピート・フィフィタ
| タマ・トンガ | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | タマ・トンガ キング・トンガ・ジュニア トンガ・ストロング・マシン ピート・フィフィタ GQ・バンクス |
| 本名 | アリピート・フィフィタ |
| ニックネーム | 南海の怪鳥 |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 102kg |
| 誕生日 | 1982年??月??日 |
| 出身地 | フロリダ州キッシミー |
| スポーツ歴 | レスリング |
| トレーナー | チーム3Dアカデミー wXwスタッフ |
| デビュー | 2008年 |
ピート・フィフィタ(Alipate "Pate" Fifita、男性、1982年 - [1])は、アメリカ合衆国のプロレスラー。アメリカ・フロリダ州インディー団体を経て、現在はタマ・トンガ(Tama Tonga)のリングネームで新日本プロレスにて活動中。
父親は大相撲・朝日山部屋出身の元力士であり、アメリカのメジャー団体で活躍したキング・ハク。兄はWWEのSmackDown!に所属するカマーチョことテヴィタ・フィフィタ。
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来歴 [編集]
かつて全日本プロレスを経てWWF、WCWをはじめとする米国団体を転戦していたキング・ハクの息子として知られ、父にレスリングの英才教育を施された。その後チーム3Dアカデミーに入門。卒業後はフロリダのインディー団体を拠点とし活動を開始。
2010年5月8日、新日本プロレス主催のSUPER J TAG TOURNAMENT 1stに出場予定とされていたタイガーマスクの代打として日本に緊急来日。デイビー・リチャーズとタッグを結成し、一回戦で金本浩二、エル・サムライ組と対戦。敗れはしたものの試合は高評価を得て、同年に開催されたBEST OF THE SUPERJr.に初出場を果たすが、2勝5敗という成績で予選落ちに終わった。
以降も定期的に新日本プロレスに参戦し、2010年後半からは後藤洋央紀とタッグチームを結成。その後はG1 TAG LEAGUEなどヘビー級戦線での活動が多くなり、2011年からは体重を増加し、本格的にヘビー級転向を宣言している。
2011年5月3日、メキシコ遠征から帰国した後藤とのコンビ「荒トンガ」としてNOAHの杉浦貴、橋誠組と対戦するも、試合中にノータッチ・トペ・コン・ヒーロを行った際、勢いを付けすぎた為に右肩を負傷し長期欠場となる。この負傷が原因で、出場するはずだったアメリカで行われる初代IWGPインターコンチネンタル王者決定トーナメントの欠場を余儀なくされ、彼の代理としてジョシュ・ダニエルズが出場した。
2012年10月よりCMLLに参戦。同団体に所属しているエル・テリブレとタッグを結成し、11月13日、アトランティス、ディアマンテ・アスル組の保持するCMLL世界タッグチーム王座に挑戦。ヘッドシュリンカーでアスルからピンフォール勝ちを収め、同王座に戴冠した。12月11日、ラ・マスカラ、バリエンテ組の挑戦を退けて、タッグ王座の防衛に成功した。
人物 [編集]
得意技 [編集]
- ヘッドシュリンカー
- 現在のフィニッシュ・ホールド。リバースフルネルソンの体勢からジャンプしながら両足で相手の胴体を挟み込み、DDTの要領で脳天からマットに打ちつける。
- タマスペシャル
- こうもり吊りの要領で担ぎ上げた相手を前方へと反転させマットを背中から叩き付ける。
- トンガンツイスト
- リバースDDTの体勢からクラッチを解かずに捻って相手の顔面を痛打させる変型ネックブリーカー。
- トルニージョ
- きりもみ回転式のプランチャ・スイシーダ。走りながらコーナー最上段に飛び乗り、三角飛び式で追走してくる相手に見舞う大技。
- パワースラム
- 通常のパワースラムをより急方向に捻りを加えマットに叩きつけるのが特徴。
- トペ・スイシーダ
- リングからトップロープを飛び越えてのノータッチ式を主に使用する。
- 2011年5月3日の試合では勢いを付けすぎた為に対戦相手を飛び越えるほどの跳躍力を見せるも、右肩脱臼の原因となった。
- 空手チョップ
- トンガの場合は前後のリープフロッグから両手で相手の体にチョップを打ち付ける。中盤以降によく見られる技。
獲得タイトル [編集]
- wXw TV王座
- WWC世界タッグチーム王座(w / アイドル・スティーブンス)
- CMLL世界タッグチーム王座(第33代, w / エル・テリブレ)
入場テーマ曲 [編集]
- WAO!
- 新日本参戦時期から使用するテーマ曲。2010年6月 - 現在まで使用。