ピンク (歌手)

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P!NK / ピンク / Pink
出生名 Alecia Beth Moore
出生 1979年9月8日(35歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ペンシルベニア州
ジャンル ポップ・ミュージックロック
ブルー・アイド・ソウルR&B
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
活動期間 1996年 -
レーベル ソニーBMG アメリカ合衆国の旗
アリスタ・レコード
公式サイト 公式サイト

P!nkピンク1979年9月8日 - )は、アメリカ合衆国シンガーソングライター。本名はAlecia Beth Moore。2000年に、R&Bシンガーとしてデビューした。

来歴・概略[編集]

幼少時代[編集]

ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれる。血液型 は O型。

父は、ベトナム退役軍人。幼い頃から、彼女にボブ・ディランなどの曲をギターで弾いて聴かせてくれていた。その影響でP!NKは歌手を志すようになる。音楽好きな父親から色々と音楽を教えてもらったようで、ボブ・ディランやジャニス・ジョプリンジミ・ヘンドリックスなどの古いロックなどを好むようになる。しかし、7歳の頃に両親が離婚。尊敬していた父親が家を出て行ってしまった。

母親は彼女の夢を全く理解してくれなかったようで、彼女が高校を中退した際に、家から追い出したという。


デビューまでの過程[編集]

ティーンの頃にクラブへ顔を出すようになり、ほとんどの時間をダンスフロアステージで費やすようになっていく。彼女はそのクラブで、スクラッチと言う名のダンサー(後のザ・ルーツのメンバー、スクラッチ)に出会い、彼の所属するラップグループでバッキング・ボーカルをやらせてもらうようになる。その後、毎週金曜日にはクラブでレギュラータイムをもらい、メアリー・J. ブライジの曲などを歌うようになる。

本格的に作曲を始めたのは14歳の頃で、スタジオに入ってデモテープの制作も始めていた。

ある日、R&Bグループのシンガーを探していたあるレコード会社のA&Rがクラブを訪れ、彼女を気に入り、「BASIC INSTINCT(ベーシック インスティンクト)」というグループのオーディションを受けるよう彼女に勧める。 オーディションに合格したものの、グループはすぐに空中分解、その後、当時LA.リードが社長を勤める、LA Faceレコードが契約した「チョイス (Choice)」というグループに抜擢されたが、このグループもデビュー直前まで漕ぎ付けながらあえなく解散してしまった。

しかし、これがきっかけでLA.リードと知り合ったP!NKは、彼に自分の作ったデモテープを聴かせたところ気に入られ、デビューすることになった。

デビュー以後[編集]

2000年初頭、P!NKはベイビーフェイスやシェイクスピアなどのR&B界を代表するプロデューサーたちを招いてアルバムの制作を開始した。

デビュー・シングル「ゼァー・ユー・ゴー」は全米で7位を獲得、続けてリリースしたセカンド・シングル「モスト・ガールズ」は、全米4位を記録した。

アルバム『キャント・テイク・ミー・ホーム』は、アメリカでビルボードアルバムチャートに連続59週間チャートインし、カナダオーストラリアでダブル・プラチナム、イングランドでもプラチナ・ディスクを記録。

2001年に入り、クリスティーナ・アギレラリル・キムマイアと歌ったミッシー・エリオットのプロデュース映画、『ムーラン・ルージュ』の主題歌「レディ・マーマレード」(パティ・ラベルのカヴァー)が全米シングルチャートで5週連続1位、グラミー賞を獲得。 なおこの曲は2001年のMTVのVIDEO MUSIC AWARDにおいて、VIDEO OF THE YEARとBEST VIDEO FROM A FILMの2部門を受賞した。

同年の11月20日、2ndアルバム『ミスアンダストゥッド』をリリース。 このアルバムに収録されているほとんどの曲を、元4NonBlondsのリンダ・ペリーと共同制作。 これまでのR&Bテイストに変わって、先行シングル「ゲット・ザ・パーティー・スターテッド」に象徴されるような、ファンキーなテイストのロックが中心となっている。Billboard誌初回登場8位、世界中で1,200万枚をセールスし、発売日から数日でプラチナアルバムという偉業を成し遂げた。

2003年11月には、3rdアルバム『トライ・ディス』をリリース。前作に引き続きリンダ・ペリー、そして新たにランシドティム・アームストロングも参加。前作以上にロック色濃い作品となった。この作品からのシングルカット「トラブル」は、「レディ・マーマレード」以来、ソロとしては初のグラミー賞を獲得。

2006年、3年振りの4thアルバム『アイム・ノット・デッド』をリリース。マックス・マーティンブッチ・ウォーカーがプロディーサーとして参加し、サウンドが更に重厚になった。ボーナストラックに、実父とのデュエット曲も収録されている。

2007年、映画『カタコンベ』に、アリシア・ムーア(P!nk)名義で主人公の姉キャロリン役として出演。

2008年、5thアルバム『ファンハウス』をリリース。1stシングル「ソー・ホワット」は、自身のソロとして初の全米1位となった。

2012年9月に、約4年ぶりとなる6thアルバム『トゥルース・アバウト・ラヴ』をリリースした(日本でのリリースは10月)。このアルバムからのファースト・シングルは『ブロウ・ミー(ワン・ラスト・キス)』。Billboardはこのシングルを「4文字ワードを連発するP!NKお得意のリリック・スタイルや、彼女の歌唱力があるからこそ実現できる急激な音程チェンジ満載の楽曲に仕上がっている」と評価。

エピソード[編集]

元々の髪色はブロンドである。芸名の由来は、髪色をピンクに染めていたからである。他に、子供の頃ズボンを下げられて顔が真っ赤(ピンク)になったため、あだ名がピンクになった、という事であるらしい。しかし、これは建前で、ピンク自身がテレビで、「親友のゲイの男の子に、『女の子のアソコを見たことがないから、見せて』とせがまれて、仕方なく見せたら、『女の子のはピンクなんだ』と言われたのが始まり」と語っている。2009年5月にバイセクシャルであることを公表したとされたが、[1]本人はこれをtwitter上で否定した。

ヘロインの中毒者だった過去がある[2]。『アイム・ノット・デット』収録曲の『フー・ニュー』は薬物のオーバードースで亡くなった友人のことを歌った曲である。

私生活では、モトクロスレーサーのケアリー・ハートと出会う。馴れ初めは、一度モトクロスを観戦しに行った時にケアリーは16もの骨折をしたこと。当初は、「(怪我ばかりする様な不安な職種の)レーサーとは結婚しない」と思っていたと言う。しかしその後、再会した2人はすぐに意気投合し、交際する。が、直後に2年間の世界ツアーの予定が入り、淋しくてバスルームで泣くこともしばしば。そうするうちに会えないことにより、喧嘩別れに。そうする間に、またケアリーがレース中の事故を起す。しかしその間は、P!NKは様々な男性とパパラッチされる。彼女はケアリーを思い、コッソリしていたつもりだったと言う。ケアリーはその行為を腹が立ったと後に語っていたが、その後ケアリーの復帰レースをP!NKは観戦しに行き、その場でボードに「私と結婚してくれない?」と書きレース中でもある中OKをし抱き合う2人。挙式。その後、再度P!NKの忙しさから逢えなくなり、仲違い。その後PiNKは「ソー・ホワット」のミュージック・ビデオで彼を出演させる。彼女はネタとして「旦那が居なくなったのよ~って歌うとウケるでしょ」と言っていたが、実は「PVに出演してもらえれば私の気持ちも分かるだろうし、逢えるから嬉しかった。私達は10年逢わなくても同じ気持ちで居られるはずだから」と語っていた。今では仲が戻ったようで、ピンクのライブでサプライズとして、ケアリーは、突然ステージに上がり、ストリップを始めた。それを見て、ピンクは大笑いしたようである。

世間の過剰なまでのセレブリティ崇拝を批判している。「Stupid Girls」のPVでは、具体的な名前は挙げていないが、明らかにジェシカ・シンプソンメアリー・ケイト・オルセン50セントと踊るブリトニー・スピアーズパリス・ヒルトンのセックスビデオなどをパロディにしているのが分かり、この皮肉たっぷりのミュージック・ビデオは話題を集めた[3]

動物愛護団体PETAを支援しており、以前、イギリス女王エリザベス2世手紙を出し、近衛兵の帽子毛皮からフェイク・ファーに変えるよう懇願したこともある[4]。そのため、動物愛護団体に非難されながらも、本物の毛皮を着続けるビヨンセを「セレブリティは、自分が毛皮を着ていることでどんなメッセージを発しているのか責任を持つべきだわ。(毛皮を着ることを)問題ないとか、かっこいいって思っているかもしれないけど、大間違いよ。何の毛皮を着ているのか知らないけど、ビヨンセがその動物から襲われればいいのにって思うわ」と非難した[5]

一方で、スキャンダルが絶えないブリトニーに声援を送ったこともある[6]。ちなみに、ビヨンセブリトニー・スピアーズとは、ペプシコーラテレビCMで共演した[7]

2011年、フジテレビ系列ドラマ「大切なことはすべて君が教えてくれた」の劇中使用曲として、一部の楽曲が『Greatest Hits... So Far!!!』から使用されている。 2011年6月2日、夫のケアリー・ハートとの間に女児を出産した。(ツイッターで告白)

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

タイトル アルバム詳細 チャート最高位 認定
US AUS AUT CAN FRA GER IRE NLD NZ UK
2000 Can't Take Me Home 26 10 20 85 23 58 12 13
  • US: 2× プラチナ
  • AUS: 2× プラチナ
  • CAN: 2× プラチナ
  • NZ: プラチナ
  • UK: プラチナ
2001 Missundaztood
  • 発売日: 2001年11月20日
  • レーベル: Arista
  • フォーマット: CD, cassette, digital download
  • 全米売上: 562.8万枚
6 14 4 5 17 5 1 5 4 2
  • US: 2× プラチナ
  • AUS: 4× プラチナ
  • AUT: プラチナ
  • CAN: 5× プラチナ
  • GER: 2× プラチナ
  • NZ: 4× プラチナ
  • UK: 6× プラチナ
2003 Try This
  • 発売日: 2003年11月11日
  • レーベル: Arista
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全米売上: 75万枚
9 8 2 8 12 2 8 8 24 3
  • US: プラチナ
  • AUS: 2× プラチナ
  • AUT: プラチナ
  • CAN: プラチナ
  • GER: 3× ゴールド
  • UK: プラチナ
2006 I'm Not Dead
  • 発売日: 2006年4月4日
  • レーベル: LaFace, Zomba
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全米売上: 150万枚
6 1 1 2 7 1 9 5 1 3
  • US: プラチナ
  • AUS: 11× プラチナ
  • AUT: 2× プラチナ
  • CAN: プラチナ
  • FRA: プラチナ
  • GER: 7× ゴールド
  • IRE: 3× プラチナ
  • NZ: 2× プラチナ
  • UK: 4× プラチナ
2008 Funhouse
  • 発売日: 2008年10月28日
  • レーベル: LaFace, Zomba
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全米売上: 196万枚
2 1 3 3 4 2 2 1 1 1
  • US: 2× プラチナ
  • AUS: 11× プラチナ
  • AUT: 3× プラチナ
  • CAN: 3× プラチナ
  • FRA: プラチナ
  • GER: 4× プラチナ
  • IRE: プラチナ
  • NZ: 3× プラチナ
  • UK: 4× プラチナ
2012 The Truth About Love
  • 発売日: 2012年9月18日
  • レーベル: RCA
  • フォーマット: CD, LP, digital download
  • 全米売上: 200万枚
1 1 1 1 4 1 3 2 1 2
  • US: 2× プラチナ
  • AUS: 8× プラチナ
  • AUT: プラチナ
  • CAN: 3× プラチナ
  • FRA: プラチナ
  • GER: 5× ゴールド
  • IRE: プラチナ
  • NZ: 3× プラチナ
  • UK: 2× プラチナ
"—"は未発売またはチャート圏外を意味する。

DVD[編集]

  • Live in Europe (2006)
3rdアルバム『Try This』のヨーロッパ・ツアーを収録。
  • Live from Wembley Arena (2007)
イギリスのウェンブリー・アリーナでのライブ映像を収録。
  • Live In Australia (2009)
『Funhouse』ライブツアーのシドニーでの公演を収録。日本盤未発売。

その他[編集]

  • Lady Marmalade (2001)
映画『ムーラン・ルージュ』のサウンドトラックにも収録されているシングル。詳しくは#デビュー以後参照。
  • P!nk Box (2007)
アルバム『M!ssundaztood』、『Try This』、『I'm Not Dead』とDVD『Live in Europe』を収録したボックス。
  • Pink 4 CD Boxset (2009)
1stアルバム『Can't Take Me Home』から4thアルバム『I'm Not Dead』までのアルバムを収録。
  • Funhouse Tour Live in Australia
自身初のライブアルバム。ライブDVD『Live in Australia』とは収録曲が異なる。

ツアー[編集]

  • Party Tour (2002)
全54公演。日本では大阪厚生年金会館東京国際フォーラム渋谷公会堂(当時)の3公演を行った。
  • Try This Tour (2004)
全69公演。
  • I'm Not Dead Tour (2006-2007)
全160公演。
  • Funhouse Tour (2009)
全156公演。
  • Funhouse Summer Carnival Tour (2010)

映画[編集]

2003年に、映画『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』のサントラに、主題歌「フィール・グッド・タイム」を提供した際、モトクロス・チェイスのアクションシーンに黒髪、黒い衣装で特別出演した。

2007年には、映画『カタコンベ』に、主人公の姉、キャロリン役で出演。

他にも、ジャニス・ジョプリンの伝記映画、『The Gospel According To Jani』のオーディションに参加し、主役の最有力候補として世間を賑わせたが、自ら「スケジュールが合わない」という理由で、主演獲得レースから身を引いた。

2006年の映画『ハッピー フィート』(原題: Happy Feet)の続編、『ハッピー フィート2 踊るペンギンレスキュー隊』(2011年)では、前作の ブリタニー・マーフィに代わって、グロリアの歌声を担当した。

脚注[編集]

外部リンク[編集]