ピューリッツァー賞 ニュース速報写真部門

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ピューリッツァー賞 ニュース速報写真部門(ピューリッツァーしょう ニュースそくほうしゃしんぶもん、: Pulitzer Prize for Breaking News Photography)は、ピューリッツァー賞の部門の一つである。

名称の変遷[編集]

1968年より授与されている。それまで写真を扱うピューリッツァー賞は写真部門のみであったが、1968年にニュース速報写真部門と特集写真部門の2つに分割された。当初の賞名はSpot News Photographyであったが、2000年にBreaking News Photographyに変更された。

受賞[編集]

受賞リスト[1]
受賞者 所属 内容
1968 ロッコ・モラビト ジャクソンビル・ジャーナル "The Kiss of Life"、電柱での作業中に感電した工夫と人工呼吸を行う同僚を撮影したもの。
1969 エドワード・T・アダムス AP通信 「サイゴンでの処刑」、グエン・ゴク・ロアンを参照。
1970 スティーヴ・スター AP通信 コーネル大学で撮影された "Campus Guns"。
1971 ジョン・ポール・フィロ ヴァレー・デイリー・ニュース・アンド・デイリー・ディスパッチ 1970年5月4日、ケント州立大学ベトナム戦争への反戦運動に加わっていた学生達に州兵が発砲、4人が亡くなった事件に関する写真に対して。
1972 ホルスト・ファース、マイケル・ローラン AP通信 ダッカでの死」
1973 フィン・コン・ウト AP通信 ナパーム弾に怯える子供たちの写真(「戦争の恐怖」)に対して。
1974 アンソニー・K・ロバーツ フリーランス "Fatal Hollywood Drama"
1975 ジェラルド・H・ゲイ シアトル・タイムズ "Lull in the Battle"と題する疲れきった4人の消防士たちの写真に対して。
1976 スタンリー・フォーマン ボストン・ヘラルド・アメリカン 1975年7月22日にボストンで起きた火事で避難階段が崩落した写真(Fire Escape Collapse)に対して。
1977 ニール・ウールヴィッチ AP通信 バンコクにおける混乱と残虐行為の写真に対して。
1978 ジョン・H・ブレア UPI通信 人質にされるインディアナポリスの株式仲買人の写真に対して。
1979 トーマス・J・ケリー ポッツタウン・マーキュリー紙 "Tragedy on Sanatoga Road"
1980 匿名 UPI通信 "Firing Squad in Iran"→ジャハンギル・ラズミであることが明らかにされた(2006年12月、ウォール・ストリート・ジャーナル
1981 ラリー・C・プライス フォート・ワース・スターテレグラム紙 リベリアにおける写真。
1982 ロン・エドモンド AP通信 レーガン大統領暗殺未遂事件
1983 ビル・フォーリー AP通信 ベイルートのサブラ難民キャンプで起こったパレスチナ難民の虐殺の写真に対して。
1984 スタン・グロスフェルド ボストン・グローブ レバノンの戦争下における人々を写した作品に対して。
1985 ラリー・C・プライス フィラデルフィア・インクワイラー 戦争で荒廃したアンゴラエルサルバドルの写真に対して。
1986 キャロル・グージー、マイケル・ドゥシール マイアミ・ヘラルド コロンビアネバドデルルイス火山の爆発。
1987 キム・コメニチ サンフランシスコ・イグザミナー フェルディナンド・マルコスの没落。
1988 スコット・ショー オデッサ・アメリカン テキサス州で井戸に落ちた少女の救出の写真に対して。
1989 ロン・オルシュワンガー フリーランス 救助された子供に人工呼吸を施す消防士の写真に対して。セントルイス・ポスト・ディスパッチ紙に掲載された。

1990年代[編集]

受賞者 所属 内容
1990 スタッフ オークランド・トリビューン誌 1989年10月17日に起きたサンフランシスコ湾岸地震(ロマプリータ地震)のシリーズに対して。
1991 グレッグ・マリノヴィッチ AP通信 南アフリカ共和国において、スパイの疑いをかけられたズールー族の男性がアフリカ民族会議の支持者によって殺害された出来事を追った写真に対して。
1992 スタッフ AP通信 ソ連で起きたクーデター共産主義政体の崩壊のシリーズに対して。
1993 ケン・ガイガー、ウィリアム・シンダー ダラス・モーニングニュース バルセロナオリンピックを追ったドキュメンタリーに対して。
1994 ポール・ワトソン (ジャーナリスト)英語版 トロント・スター ソマリア内戦モガディシオの通りを引きずられていくアメリカ軍人の死体の写真に対して。
1995 キャロル・グージー ワシントン・ポスト ハイチ危機とその後に関するシリーズに対して。
1996 チャールズ・ポーター フリーランス オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件において、消防士に抱かれる1歳の犠牲者の写真に対して。
1997 アニー・ウェルズ プレス・デモクラット カリフォルニア州サンタローザにおいて、洪水時にティーンエイジャーを助ける地元の消防士達の写真に対して。
1998 マーサ・リアル ピッツバーグ・ボスト・ガゼット ルワンダブルンジにおける抗争の生存者たちの写真に対して。
1999 スタッフ AP通信 ケニアタンザニアで起こったアメリカ大使館爆破事件の写真に対して。

2000年代[編集]

受賞者 所属 内容
2000 スタッフ ロッキー・マウンテン・ニュース コロンバイン高校銃乱射事件の直後の生徒達の写真に対して。
2001 アラン・ディアス AP通信 キューバから母親と亡命した6歳少年エリアン・ゴンザレスを、武装した移民帰化局の要員がエリアンの叔父の家から強制的に奪還する瞬間を捉えた写真。
2002 スタッフ ニューヨーク・タイムズ アメリカ同時多発テロ事件のシリーズに対して。
2003 スタッフ ロッキー・マウンテン・ニュース コロラドの山火事に関する写真に対して。
2004 デヴィッド・リーソン、シェリル・ディアス・メイヤー ダラス・モーニング・ニュース イラク戦争に関する写真に対して。
2005 スタッフ AP通信 イラク市街での戦闘を1年に渡って追ったシリーズに対して。
2006 スタッフ ダラス・モーニング・ニュース ハリケーン・カトリーナの被害を受けたニューオリンズの報道に対して。
2007 Oded Balilty AP通信 ヨルダン川西岸への非合法な移住者を排除するイスラエル治安部隊に抵抗するユダヤ人女性の写真に対して。
2008 アドリース・ラティーフ ロイター ミャンマーで反政府デモを取材中に殺害された日本人ビデオジャーナリスト長井健司の姿を撮影した写真に対して。
2009 パトリック・ファレール マイアミ・ヘラルド ハリケーン・アイクが直撃した後のハイチを取材したルポルタージュに対して。

2010年代[編集]

受賞者 所属 内容
2010 Mary Chind The Des Moines Register デモイン市内の川で溺れた女性を懸命に救おうとする建設作業員
2011 Carol Guzy、Nikki Kahn、Ricky Carioti ワシントン・ポスト ハイチ地震
2012 Massoud Hossaini フランス通信社 カーブル近郊のアブ・ファズル・モスクの自爆テロの現場で泣き叫ぶ女の子
2013 Rodrigo Abd、Manu Brabo、Narciso Contreras、Khalil Hamra、Muhammed Muheisen AP通信 シリア内戦
2014 Tyler Hicks ニューヨーク・タイムズ ケニアショッピングモール襲撃事件の写真
2015 スタッフ St. Louis Post-Dispatch マイケル・ブラウン射殺事件

脚注[編集]

  1. ^ Breaking News Photography”. The Pulitzer Prizes. 2014年4月17日閲覧。