ピクリン酸アンモニウム

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ピクリン酸アンモニウム
識別情報
CAS登録番号 131-74-8
PubChem 8577
特性
化学式 C6H6N4O7
モル質量 246.13 g/mol
密度 1.719 g/cm3[1]
融点

265 °C[1]

への溶解度 10 g/L (20 °C)
危険性
Rフレーズ R3 R23/24/25
Sフレーズ (S1/2) S28 S35 S37 S45
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

ピクリン酸アンモニウム(英語:Ammonium Picrate、別名:D爆薬、Explosive D、Dunnite)とはピクリン酸アンモニアによって形成されるであり、爆薬として用いられる。

1906年、メジャー・ダン(Major Dunn)によって爆薬として開発された[2]。軍事史上最初の使用はラ・スタンパが報じた、1911年11月2日のイタリア軍によるリビアでの空爆であるとされている[3]第一次世界大戦では、アメリカ合衆国海軍が大量に使用した[4]

ピクリン酸アンモニウム(D爆薬)は誘爆の危険性の少ない鈍感な化学物質であると考えられていたが、アメリカ合衆国陸軍では1911年に廃棄され、他の爆薬で更新された[5]。海軍では、徹甲弾炸薬として沿岸防備用に用い続けた。

ピクリン酸アンモニウム(D爆薬)は強固な装甲に命中しても起爆しない典型的な爆薬であり、砲弾が装甲を貫通した後に信管によって起爆された。

2008年9月1日、カナダニューファンドランド・ラブラドール州のCape Porcupineで、廃棄されたピクリン酸アンモニウム5kgが風化した岩と間違えられて持ち出される事件が発生している[6]。持ち出されたピクリン酸アンモニウムは爆破処理され、さらに海岸線を捜索したところ、大小様々な大量の砲弾が存在していることが判明した。一発の空の砲弾(長さ1m、幅30cm)とピクリン酸アンモニウムを発見し、ピクリン酸アンモニウムは除去後爆破処理された。

出典[編集]

  1. ^ a b Record of Ammoniumpikrat in the GESTIS Substance Database from the Institute for Occupational Safety and Health (IFA), accessed on 24. Nov. 2007
  2. ^ Dunnite Smashes Strongest Armorニューヨーク・タイムズ、1907年8月17日(2011年12月25日閲覧)
  3. ^ [1](2011年12月25日閲覧)
  4. ^ firstworldwar.com(2011年12月25日閲覧)
  5. ^ Ridicule Spy Story: Army Abandoned the Use of Dunnite Years Ago, Officers Sayニューヨーク・タイムズ、1911年8月8日(2011年12月25日閲覧)
  6. ^ Beachcombing Labrador family carries home wartime explosiveカナダ放送協会2008年9月10日(2011年12月25日閲覧)

外部リンク[編集]