ピギーバック輸送

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ヨーロッパでのピギーバック車両
トレーラーが貨車に搭載されている

ピギーバック輸送(ピギーバックゆそう:Piggy-Back)とは、鉄道による貨物輸送の形態の一つ。貨物を積んだトラックコンテナを載せたトレーラーを、そのまま専用の貨車長物車車運車)に載せて目的地まで輸送する。

日本におけるピギーバック輸送[編集]

概要[編集]

モーダルシフトの一環として1986(昭和61年)年11月1日のダイヤ改正にあわせ日本国有鉄道(国鉄)で導入され、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化により日本貨物鉄道(JR貨物)に引き継がれたが、2000年(平成12年)3月31日限りで廃止された。

欧米ではトラクターから切り離したトレーラーを積載することにより効率良い運送方法として広まっているが、日本の場合は集配用4tトラック(車両限界内に収まるよう荷室屋根を丸くした専用車)を専用貨車にそのまま積載するという形であったため、積載効率の悪さと費用対効果の低さが、廃止につながった。

また、ピギーバック輸送開始期はバブル景気と呼ばれた長期好景気のためトラック運送業界が深刻なドライバー不足になっていたために、必要ドライバー人数を削減できるピギーバック輸送はトラック運送業界から大いに喜ばれ、ピギーバック貨物列車の本数も飛躍的に増えたが、90年代半ば以後の景気低迷によりトラック運送業界のドライバー数に余剰が生じてきたことでピギーバック輸送の利用は大きく減少した。

また、もう一つの廃止の原因に日本の鉄道が狭軌であることが挙げられる。ピギーバックが普及した欧米の鉄道に比べ、日本の鉄道は新幹線車両以外は車両の横幅が非常に狭く限定されてしまうために、トラックを狭い鉄道貨車からはみ出さない様に載せるのに苦労したのである。ピギーバックの兄弟分ともいうべきカートレインも同じような原因で短期間で日本から姿を消した。

ピギーバック専用貨車には、チサ9000形が試作され、クム80000形クム1000系などが使用された。また、タンクローリーのピギーバック用にクキ900形が試作され、量産車として私有貨車のクキ1000形が製造された。

その後[編集]

トラックを貨車に載せる形態を見直し、デュアルモードトレーラー (DMT : Dual Mode Trailer) ワ100形が開発された。これは、トレーラーに鉄道用の台車を履かせることができるもので、貨車にもなり、公道ではトラクターで牽引できるトレーラーにもなるというものであった。しかし、法制上の問題等があり(台車を外すと、鉄道車両としての車両検査をしなければならなかった)、これも試作のみに終わった。

その後JR貨物では、モーダルシフトの形態を見直し、コンテナ中心の体系に改めた。具体的には次のようなものである。

貨車とトレーラートラックの両方が海上コンテナに対応することにより、コンテナの積み替えだけで済むようになった。このことで、積載効率が向上し、コストも低減した。これらに伴い、大型コンテナ対応のトップリフターが貨物ターミナル駅を中心に大幅に導入された。

結果的に廃止となってしまったものの、モーダルシフトを推進したという点で、ピギーバック輸送が果たした役割は大きいものがあった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]