ピエール・ワルデック=ルソー

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ピエール・ワルデック=ルソー

ピエール・ワルデック=ルソー(Pierre Waldeck-Rousseau, 1846年12月2日 - 1904年8月10日)はフランスの政治家、弁護士。

ナントに生まれ、1879年下院議員に当選、ガンベタ内閣(1881年 - 1882年)、フェリー内閣(1883年 - 1885年)に内相となり、結社の自由を拡大する1884年法を成立させた。パナマ事件で被疑者を弁護し、1895年上院議員となり、ドレフュス事件に際し、1899年6月共和政防衛内閣を組織して、事件の収拾に成功した。以後〈共和派団結〉の名のもとに、1901年の新結社法による修道会の認可制の確立など第三共和政の民主化につとめ、1902年6月病気で辞職した。

先代:
シャルル・デュピュイ
フランスの首相
1899年6月22日 - 1902年6月7日
次代:
エミール・コンブ