ピエロ・デル・ポッライオーロ

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ピエロ・デル・ポッライオーロ『ある女性の肖像』ミラノ、ボルディ・ペッツォーリ美術館
ピエロ・デル・ポッライオーロ『ある女性の肖像』ミラノ、ボルディ・ペッツォーリ美術館

ピエロ・デル・ポッライオーロPiero del Pollaiolo, 1441年頃 - 1496年)またはピエロ・ベンチPiero Benci)は、ルネサンスイタリア画家フィレンツェの出身。

兄は美術家のアントニオ・デル・ポッライオーロで、よく2人で一緒に仕事をした。2人の作品はともに古典主義の影響が見受けられ、また人体解剖学への関心の高さも示している。伝えられるところでは、兄弟は知識の向上のため、実際に解剖を行ったと言われている。

1496年ローマで死去。ジョルジョ・ヴァザーリはその著書『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、ピエロのことも書いている。


作品には次のようなものがある。

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