ピアノ協奏曲第2番 (チャイコフスキー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ピアノ協奏曲第2番ト長調作品44ピョートル・チャイコフスキーが作曲したピアノ協奏曲のひとつである。1879年から1880年にかけて作曲された。

初演は1882年5月22日モスクワにてアントン・ルビンシテインの指揮、セルゲイ・タネーエフのピアノにより行われた。ニコライ・ルビンシテインに献呈されている。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲は3曲あるが、第1番が圧倒的に有名である一方、第2番が演奏される機会は滅多にない。

チャイコフスキーは、第1番の献呈を拒否されたニコライ・ルビンシテインにこの曲を書き、改めて献呈した。幾つか控えめに助言をして、ニコライは今度は献呈を受けた。そして初演では彼がピアノを担当するはずであったが、これを待たずに腸結核のため、1881年3月24日パリで急死してしまった。

楽器編成[編集]

フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ(3個)弦5部

演奏時間[編集]

約40分(各20分、13分、7分)

曲の構成[編集]

  • 第1楽章 - ト長調 4/4拍子 Allegro brillante
    重厚なトゥッティと共にピアノが入ってくるダイナミックな楽章。
  • 第2楽章 - ニ長調 3/4拍子 Andante non troppo
    冒頭、ヴァイオリンチェロによる長い二重奏の後、ピアノが入ってくる。
  • 第3楽章 - ト長調 2/4拍子 Allegro con fuoco
    華麗なロンド楽章。

その他[編集]

初版は1881年に出版されたが、チャイコフスキーの弟子のピアニスト・アレクサンドル・ジロティが、一部手を加えた『改訂版』を、1897年に作曲者の許可の下で出版している(第2楽章の冒頭がカットされ、ピアノパートに手が加えられている)。が、これはチャイコフスキーの意図を大きく逸脱していた(彼が認めたのは第1楽章と第2楽章のごく一部のカットのみ)。

1955年アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルが自筆譜を元に原典版を復活させて以降、ジロティ版が使われることは最近はあまりない。

外部リンク[編集]