ビロクシ (軽巡洋艦)
| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注 | |
| 起工 | 1941年7月9日 |
| 進水 | 1943年2月23日 |
| 就役 | 1943年8月31日 |
| 退役 | 1946年8月29日 |
| 除籍 | 1961年9月 |
| その後 | 1962年にスクラップとして廃棄 |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 10,000トン |
| 全長 | 610 ft 1 in |
| 全幅 | 66 ft 4 in |
| 吃水 | 24 ft 6 in |
| 機関 | ギアード・タービン、4軸推進、100,000shp |
| 最大速 | 33ノット |
| 航続距離 | 11,000海里(15ノット時) |
| 乗員 | 士官、兵員992名 |
| 兵装 | 6インチ砲12門、5インチ砲12門 |
| 艦載機 | カーティスSC1 2機 カタパルト2基 |
| 愛称 | The Busy Bee |
ビロクシ (USS Biloxi, CL-80) は、アメリカ海軍の軽巡洋艦。クリーブランド級軽巡洋艦の12番艦。艦名はミシシッピ州ビロクシに因む。
艦歴 [編集]
ビロクシは1941年7月9日にバージニア州ニューポートニューズのニューポート・ニューズ造船所で起工し、1943年2月23日に進水、1943年8月31日にダニエル・M・マクガール艦長の指揮下就役する。
就役後は太平洋艦隊第13巡洋艦隊に配属される。1944年1月から1945年4月までビロクシは高速空母任務部隊の護衛を行い、沿岸敵施設への艦砲射撃、上陸部隊の支援砲撃を行った。
1945年3月27日、ビロクシは沖縄で特攻機の攻撃を受け損傷する。損傷を受けながらも戦闘を継続し、対空砲火を敵部隊に浴びせ続けた。特攻機の突入箇所から500キロ爆弾の不発弾が発見され、爆発物処理班によって処理された。不発弾は後部甲板に展示された。
1945年4月27日に戦闘水域を離脱し、オーバーホールのため本国西海岸に向かう。7月に戦闘に復帰し、7月18日にはウェーク島攻撃に参加、8月14日にレイテ湾に到着する。翌日日本は降伏し、ビロクシは長崎の港から連合軍捕虜の輸送に従事した。1945年11月9日まで占領任務に従事し、その後真珠湾経由で帰国する。1946年1月15日にワシントン州ポート・アンジェルスに向かい第19艦隊に合流、不活性化を開始する。5月18日にピュージェット・サウンド海軍工廠で現役のまま保管され、10月29日に予備役となる。ビロクシは続く10年間を太平洋予備役艦隊で保管され、1961年9月に除籍、1962年3月にスクラップとして売却される。ビロクシの上部構造物はビロクシ小型艇湾そばのガイス・パークに再構築され、現在も展示される。ビロクシの艦内時鐘はビロクシ・シティホールのロビーに展示される。
ビロクシは第二次世界大戦中の戦功で9つの従軍星章を受章した。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Navy photographs of Biloxi (CL-80)
- Before and after Katrina Photographs of the USS Biloxi superstructure at the small craft harbor
- Compilation of World War II press releases about the wartime exploits and achievements of the Biloxi
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