ビッグ・イン・ジャパン

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ビッグ・イン・ジャパン (Big in Japan) は、「日本でしか売れていない洋楽ミュージシャン」を指す俗語。

1980年代頃から日本の音楽雑誌の間で『日本でしか売れない洋楽バンド・アーティスト』を指す場合にこの用語が使われ始めたが、いつしか音楽業界以外でも使われるようになった。

ロックでの事例[編集]

最も有名なビッグ・イン・ジャパンはアメリカのザ・ベンチャーズであろう。歌のないインストルメンタルにもかかわらず、日本では60年代中ごろまでビートルズ以上の人気があり、エレキ(ギター)ブームを作り出したが、歌のないロックは日本以外ではあまり売れない。今でも日本では全国の小都市を含めた大ツアーをできるほどの人気を有している。同じく日本のミュージシャンに大きな影響を与え、日本での人気が根強いバンドにディープ・パープルとそのファミリー(メンバーであるリッチー・ブラックモアが結成したレインボー、そのメンバーであるグラハム・ボネットが結成したアルカトラス、そのまたメンバーであるイングヴェイ・マルムスティーン等)がいる。

70年代は、当時最も売れていた洋楽誌『ミュージック・ライフ』が大プッシュするかどうかで英米のロックスターの日本での人気は大きく左右された。代々女性が編集長を勤めるこの雑誌は、好みのルックスやインタビューの際の好感度などが誌面に影響を与えていたことで知られる。大プッシュされた代表格としてよく語られるのがクイーンチープ・トリックジャパンである。クイーンは母国イギリスでも人気があったが、チープ・トリックは当初日本限定企画だったライヴ・アルバム『チープ・トリックat武道館』により、本国アメリカでブレイクを果たした。ジャパンにおいては、1970年代はイギリス含め、日本以外では知っている人が珍しいといった状態であったため、日本の市場(雑誌)向けに作られたスターではないかと言われたくらいである。しかし、1980年代からは日本以外でも次第に人気を集め始め、メンバーだったデヴィッド・シルヴィアンのソロ活動も評価を得ている。

1970年代後半における典型的な「ビッグ・イン・ジャパン」のアーティストには、ザ・ランナウェイズと、イアン・ギラン・バンドがいる。

ザ・ランナウェイズは、母国アメリカでは、ファースト・アルバムをビルボード200位前後に送り込むのがやっとという状況の中、日本では『チェリー・ボム(悩殺爆弾)』がティーンエイジャーを中心に人気を集め、1977年に来日公演を実現させる。テレビ出演も果たし、コンサートでは男性ファンの視線と女性ファンの歓声を一身に浴びていた。その後、ギター担当のジョーン・ジェットリタ・フォードが、ソロ活動でアメリカでの成功を収めている。

イアン・ギラン・バンドは、イアン・ギランディープ・パープル時代とは異なる音楽性を志向して結成されたが、世界的には良い成果を得られず、契約先のアイランド・レコードとは2枚のアルバムをもって契約を打ち切られた(ファーストアルバム『Child In Time』はポリドール・オイスターより発売)。しかし、日本では日本武道館公演をはじめとして全国をツアーで回れるほどの人気を保ち続け、その模様を収めたライブ・アルバム『ライブ・アット・ザ・ブドーカン(Live At The Budokan)』は、すでにバンドがアイランドとの契約を失くしていたことから、東芝EMIが発売元となって1978年に発売された。ギランはその後、バンド名を『ギラン』に改めて正統派のハードロックに回帰。ヘヴィメタル勃興の波に乗り世界の表舞台に復帰することになる。前述のライブアルバムが日本以外でも発売されるようになったのは、ギランが完全に復活した1982年のことであった。

80年代の終わりにデビューしたMr.Bigの場合、本国でも全米No.1ヒット曲"To Be With You"で知られるものの、90年代後半は失速、それ以降本国での活動縮小を余儀なくされたが、日本では根強い人気を維持した。

ビッグ・イン・ジャパンから生まれたバンド・アーティストも多く、その中には現在、ボン・ジョヴィイン・フレイムス等のように世界を股にかけて活動したバンドもある。

文学での事例[編集]

アイルランド推理作家F・W・クロフツやアメリカの推理作家ヴァン・ダインは、母国では短期間のみ活躍した以降は忘れられた作家であるが、日本では長きに渡り人気を保ち続けており、特にヴァン・ダインは全作品が文庫化されて版を重ねている。

優秀な翻訳家の力により人気が上がる例もあり、藤本和子が翻訳を手がけたリチャード・ブローティガン(他にフランスでも評価が高い)や、柴田元幸が手がけたレベッカ・ブラウンなどは、本国アメリカ以上に日本での人気があるといわれる[1]。推理小説『二流小説家』(原題:The Serialist )の作者デイヴィッド・ゴードンも、本国アメリカよりも日本での知名度が高い[2][3][4]

スモール・イン・ジャパン[編集]

1980年代の後半頃からミュージック・ライフに登場し始めた『スモール・イン・ジャパン』という派生語がある。『スモール・イン・ジャパン』のアーティストらの特徴は、その本拠地たる西洋諸地域(多くの場合アメリカ合衆国)ではその名を知らない者を見つけることが困難なほどに有名かつ成功した存在であり、かつ現地日本のメディアを巻き込んだ宣伝戦略を盛大に展開したことがあるものの、満足な商業的成功が見られないというものである。代表的なところでは、ザ・フーグレイトフル・デッドAC/DCなどが該当する。

関連項目[編集]

  • フルハウス - 第6シーズン第3話「いざトーキョー・ツアー(Road to Tokyo)」では売れないミュージシャンだったジェシーの曲が何故か突如日本でナンバーワンヒットする。ジェシーの来日と日本のファンたちの狂騒がコミカルに描かれている。
  • 頭文字D - アニメ版(Second stage)の劇中で使用されたSUPER EUROBEATに同タイトルの曲が存在する。ROBERT PATTONの曲。

脚注・出典[編集]