ビッグロンドン・ダービー
| 都市、地域 | |
|---|---|
| チーム | アーセナルFC チェルシーFC |
| 最多勝利 | アーセナル(68勝) |
ビッグロンドン・ダービー(英 : Big London Derby)は、イングランド(イギリス)のロンドンに本拠地を置くサッカークラブ、アーセナルFCとチェルシーFCが対戦するローカル・ダービーのことである。ロンドン・ダービーのひとつに数えられる。
目次 |
背景 [編集]
両クラブにとってビッグロンドン・ダービーの対戦相手はクラブ最大のライバルではないが、1930年代以降、ロンドンにおける2大クラブの対戦は常に両クラブのサポーターを刺激し、多くの観客を集めている。アーセナルとチェルシーの間のライバル意識は、近年の重要な対戦でいっそう激しさを増している。チェルシーは2000年代に第一級のクラブとなり、両クラブが絶えずリーグ優勝を争うようになった。2003年12月に実施されたインターネットでの調査によれば、アーセナルのサポーターはマンチェスター・ユナイテッドFCをクラブ最大のライバルとみなし、それに続いてトッテナム・ホットスパーFCを、3番目のライバルとしてチェルシーを挙げている[1]。この調査では、チェルシーのサポーターは最大のライバルをアーセナルだとみなしているが、より伝統的なライバルにはトッテナムやフラムFCが挙げられる[1]。2009年にフットボール・ファンズ・センサスが実施した調査では、アーセナルのサポーターは最も嫌う相手として、伝統的なライバルのトッテナムではなくチェルシーを挙げている。一方のチェルシーはリヴァプールFCを最も嫌う相手に挙げており、アーセナルがリヴァプールに続いている[2]。
通算成績ではアーセナルがチェルシーを上回っている。2011-12シーズン終了時点でアーセナルが70勝、チェルシーが54勝、引き分けが52試合である[3]。アーセナルの最大得点差勝利は1930年11月29日にスタンフォード・ブリッジで行われたファーストディヴィジョンの試合で、5-1で4点差の勝利を収めた。チェルシーの最大得点差勝利は1998年11月11日にハイバリーで行われたフットボールリーグカップの試合で、5-0で5点差の勝利を収めた。2004年から2012年にチェルシーに在籍したディディエ・ドログバがダービー史上最多の13得点を挙げている。
歴史 [編集]
1907年11月9日、スタンフォード・ブリッジでリーグ戦初のダービーが行われた。このシーズンはファーストディヴィジョンの第1回大会であり、リーグ記録となる65,000人を集めた試合は引き分けに終わった。1935年にスタンフォード・ブリッジで行われた試合では、イングランドにおけるリーグ戦の観客数としては歴代2位の82,905人を動員。1950年代のFAカップでは準決勝での対戦が2度あったが、2度ともアーセナルの勝利に終わった。1960年代のダービーはチェルシーが支配し、この10年間では14勝2分2敗と圧倒的な対戦成績を残した[4]。
2000年代にはカップ戦決勝で2度のビッグロンドン・ダービーが実現。2002年のFAカップ決勝ではアーセナルが2-0で勝利し、2007年のフットボールリーグカップ決勝ではチェルシーが2-1で勝利した。2003-04シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝で対戦し、スタンフォード・ブリッジでのファーストレグは1-1の引き分けに終わったが、ハイバリーでのセカンドレグはアウェーのチェルシーが2-1で勝利し、チェルシーが準決勝に勝ち上がった。2006年にはアーセナルのアシュリー・コールがチェルシーに移籍したが、移籍合意の何ヶ月も前にチェルシーの首脳陣と会合を持っていたことが両クラブのサポーターを焚きつけた[5]。2007年のフットボールリーグカップ決勝はダービー史上最高の試合のひとつとして語り継がれている。試合終了間際に多数の選手が絡んだ乱闘騒ぎが起こり、アーセナルのヤヤ・トゥーレとエマニュエル・アデバヨール、チェルシーのミケル・ジョン・オビの計3人にレッドカードが提示された。試合後、ミケルには4試合の出場停止処分が、ヤヤとアデバヨールには3試合の出場停止処分が下された。これらのことから、メディアは「スナーリングカップ決勝」(snarlは「混乱」や「紛糾」の意味)であったと試合を揶揄した。2011年10月29日にスタンフォード・ブリッジで行われた試合も、手に汗握る素晴らしい試合となった。アーセナルはロビン・ファン・ペルシーがハットトリックを達成し、アンドレ・サントスとテオ・ウォルコットが1点ずつ決めた。チェルシーはフランク・ランパードとジョン・テリーとフアン・マヌエル・マタが1点ずつ決め、ランパードの得点はチェルシーのクラブ史上6000点目のゴールとなったが[6]、アーセナルが5-3で激しい撃ち合いを制した[7]。
双方のクラブでプレーした選手・監督 [編集]
選手として [編集]
| 名前 | アーセナル在籍 | チェルシー在籍 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1896-1897 | 1913-1914 | ||
| 1905-1908 | 1912-1915 | ||
| 1923-1924 | 1925-1928 | ||
| 1934-1945 | 1952-1961 | ||
| 1945-1947 | 1953-1955 | 1961-1967にチェルシー監督 | |
| 1953-1956 | 1947-1953 | ||
| 1958-1961 | 1961-1962 | ||
| 1959-1961 | 1961-1969 | ||
| 1964-1966 | 1966-1974 | ||
| 1966-1972 | 1964-1966 | 1986-1995にアーセナル監督 | |
| 1976-1978 | 1968-1974 1983-1984 |
||
| 1975-1988 | 1995 | 1993-1996にチェルシーのユースチーム監督 1996-1999にチェルシーのアシスタントコーチ 2000にチェルシーの暫定監督 |
|
| 1979-1983 | 1963-1975 1983-1984 |
1985-1988にチェルシー監督 | |
| 1990-1993 | 1979-1988 | ||
| 1980 | 1991-1992 | ||
| 1981-1983 | 1988-1991 | 1990年代にチェルシーのユースチーム監督 | |
| 1997-2000 | 2001-2004 | ||
| 1997-1999 | 2008-2012 | ||
| 1999-2006 | 2006- | ||
| 2006-2010 | 2001-2006 | ||
| 2007-2008 | 2005-2007 | ||
| 2011-2012 | 2010-2011 | チェルシーからアーセナルにレンタル移籍 |
監督として [編集]
| 名前 | アーセナル指揮 | チェルシー指揮 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1919-1925 | 1933-1939 |
その他に、スチュワート・ホーストンは1967年から1972年にチェルシーに選手として在籍し、1995年と1996年にアーセナルの暫定監督を務めた。
タイトル [編集]
| 国際大会 | アーセナル | チェルシー |
|---|---|---|
| インターコンチネンタルカップ / FIFAクラブワールドカップ |
- | - |
| UEFAチャンピオンズリーグ | - | 1 |
| インターシティーズ・フェアーズカップ / UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ |
1 | - |
| UEFAカップウィナーズカップ | 1 | 2 |
| UEFAスーパーカップ | - | 1 |
| 国内大会 | アーセナル | チェルシー |
| ファーストディヴィジョン / プレミアリーグ |
13 | 4 |
| FAカップ | 10 | 7 |
| フットボールリーグカップ | 2 | 4 |
| FAコミュニティ・シールド | 12 | 4 |
| フル・メンバーズ・カップ | - | 2 |
| 通算 | 39 | 25 |
通算獲得タイトル数はアーセナルが勝っているが、2005年以降はひとつもタイトルを獲得していない。その一方で、チェルシーは2005年以降にプレミアリーグ優勝2回、UEFAチャンピオンズリーグ優勝1回、FAカップ優勝4回、フットボールリーグカップ優勝1回、FAコミュニティ・シールド優勝1回を果たしている。
統計 [編集]
| クラブ | 試合数 | 勝利 | 引分 | 敗北 | 得点 | 失点 | 点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 国内リーグ | |||||||
| アーセナル | 151 | 61 | 45 | 45 | 211 | 187 | +24 |
| チェルシー | 151 | 45 | 45 | 61 | 187 | 211 | -24 |
| FAカップ | |||||||
| アーセナル | 19 | 5 | 6 | 8 | 22 | 30 | -8 |
| チェルシー | 19 | 8 | 6 | 5 | 30 | 22 | +8 |
| フットボールリーグカップ | |||||||
| アーセナル | 5 | 2 | 0 | 3 | 6 | 12 | -6 |
| チェルシー | 5 | 3 | 0 | 2 | 12 | 6 | +6 |
| UEFAチャンピオンズリーグ | |||||||
| アーセナル | 2 | 0 | 1 | 1 | 2 | 3 | -1 |
| チェルシー | 2 | 1 | 1 | 0 | 3 | 2 | +1 |
| FAコミュニティ・シールド | |||||||
| アーセナル | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | -1 |
| チェルシー | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | +1 |
| 通算 | |||||||
| アーセナル | 178 | 68 | 52 | 58 | 233 | 243 | +10 |
| チェルシー | 178 | 58 | 52 | 68 | 243 | 233 | -10 |
脚注 [編集]
- ^ a b “Rivalry Uncovered!”. The Football Fans Census. p. 3 (2003年12月). 2008年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年3月1日閲覧。
- ^ London Football Report
- ^ Soccerbase
- ^ DERBY DEBATE
- ^ “The Ashley Cole transfer saga”. The Times (London). (2006年9月8日) 2010年4月25日閲覧。
- ^ “アーセナル、チェルシーとの打ち合いを制す”. Goal.com. (2011年10月29日) 2013年1月3日閲覧。
- ^ “Chelsea 3-5 Arsenal”. BBC. (2011年10月29日) 2011年10月30日閲覧。