ビクトル・マヌエル・ブセティッチ

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ビクトル・マヌエル・ブセティッチ Football pictogram.svg
Víctor Manuel Vucetich.jpg
名前
本名 Víctor Manuel Vucetich Rojas
ビクトル・マヌエル・ブセティッチ・ロハス
愛称 Vuce(ブセ),
El Rey Midas(レイ・ミダース、ミダース[注 1][1],
Pelon(ペロン、文無し)
ラテン文字 Victor Manuel VUCETICH
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
生年月日 1955年6月25日(58歳)
出身地 タマウリパス州, タンピコ
身長 177cm
選手情報
ポジション MF
監督歴
チーム
1988-1989 ポトロス・ネサ
1989-1993 レオン
1993-1995 エストゥディアンテス・テコス
1995-1996 UANL
1996-1997 クルス・アスル
1997-1998 エストゥディアンテス・テコス
1999 レオン
1999-2000 UANL
2001-2002 ラ・ピエダ
2002-2003 プエブラ
2003-2004 パチューカ
2005-2006 ベラクルス
2007 ハグアレス
2009-2013 モンテレイ
2013- メキシコ代表
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ビクトル・マヌエル・ブセティッチ(Víctor Manuel Vucetich、1952年2月6日 - )は、メキシコタンピコ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー

経歴[編集]

1973年、18歳の時にクラブ・レオンからデビューした[1]。運動量が持ち味のミッドフィールダーだったが、選手としては地味な経歴を送った[1]

1988年、33歳の時にポトロス・ネサの監督に就任し、1988-89シーズンのセグンダ・ディビシオン(当時2部)で優勝[1]。就任初年度で初のタイトルを獲得するとともに、プリメーラ・ディビシオン(1部)昇格を果たした。しかし、1989年にクラブが売却されたため、選手時代の古巣レオンの監督に就任し、1989–90シーズンには再びセグンダ・ディビシオン優勝とプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。1991-92シーズンにはグループステージを5クラブ中2位で終えてリギージャに駒を進め、リギージャ準々決勝ではUNAMを、準決勝ではクルス・アスルを、決勝ではプエブラFCを破り、クラブにとって36年ぶり5度目となるリーグ優勝を果たした。指導者としては、4つの異なるクラブを率いてプリメーラ・ディビシオンで計5回優勝している。また、コパ・メヒコで2回、インテルリーガで1回、セグンダ・ディビシオンで2回優勝している。

2010年10月にはメキシコサッカー連盟から正式な接触を受け、メキシコ代表監督の座を打診されたが、家族との生活を優先したいとしてオファーを辞退した。大舞台に強く、2012-13シーズン終了時点で指揮した14回の決勝のうち13回に勝利している。唯一の例外は、クラウスーラ2012のリギージャ決勝のサントス・ラグーナ戦である[1]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

いずれも指導者として
  • ポトロス・ネサ
セグンダ・ディビシオン (1) : 1988–1989
  • エストゥディアンテス・テコス
プリメーラ・ディビシオン (1) : 1993–1994
  • UANLティグレス
コパ・メヒコ (1) : 1995-1996
  • クルス・アスル
コパ・メヒコ (1) : 1996-1997
  • CFパチューカ
プリメーラ・ディビシオン (1) : アペルトゥーラ2003
  • CFモンテレイ
プリメーラ・ディビシオン (2) : アペルトゥーラ2009, アペルトゥーラ2010
インテルリーガ (1) : 2010
CONCACAFチャンピオンズリーグ (2) : 2011, 2012, 2013
FIFAクラブワールドカップ
3位 (1) : 2012
5位 (1) : 2011

個人[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 触れたものすべてを黄金に変える力を持っていたギリシャ神話の王

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Mexico’s King MidasFIFA.com、2011年11月29日

外部リンク[編集]