ビクトル・ハネスク

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ビクトル・ハネスク
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ビクトル・ハネスク
基本情報
ラテン文字名 Victor Hănescu
国籍 ルーマニアの旗 ルーマニア
出身地 同・ブカレスト
生年月日 1981年7月21日(32歳)
身長 198cm
体重 85kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2000年
ツアー通算 3勝
シングルス 1勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(2005・09・10)
全仏 ベスト8(2005)
全英 3回戦(2003・09・10)
全米 2回戦(2008・10)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2012・13)
全仏 2回戦(2012)
全英 2回戦(2005・08・09)
全米 2回戦(2005・10)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 26位(2009年7月6日)
ダブルス 92位(2012年1月30日)
2013年11月8日現在

ビクトル・ハネスクVictor Hănescu, 1981年7月21日 - )は、ルーマニアブカレスト出身の男子プロテニス選手。これまでにATPツアーでシングルス1勝、ダブルス2勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス26位、ダブルス92位。身長198cm、体重85kgの長身選手。

来歴[編集]

ハネスクは7歳からテニスを始めたきっかけについて、自ら「7歳の時、バスケットボールのクラブに入りたくなった。背は高かったが(バスケットボールをするには)まだ幼すぎると言われ、すぐ近くにあった2面のテニスコートを見て、代わりにテニスを始めた」と話している。2000年に19歳でプロ入り。2001年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップルーマニア代表選手に選ばれ、以来11年連続で団体戦出場を続けている。2003年全仏オープン4大大会に初出場し、全仏とウィンブルドンの2大会連続で3回戦に進出した。この後2004年アテネ五輪でオリンピック初出場を果たす。

ビクトル・ハネスクが世界的な知名度を獲得したのは、2005年全仏オープンのベスト8進出である。当時世界ランキング90位だったハネスクは、4回戦でダビド・ナルバンディアンアルゼンチン)を 6-3, 4-6, 5-7, 6-1, 6-2 で破る勝利を挙げた後、第1シードのロジャー・フェデラーに 2-6, 6-7, 3-6 のストレートで敗れた。ところが、2006年2月のデビスカップ「ワールドグループ」1回戦で、ハネスクはアメリカ代表との対戦中に腹部の靱帯断裂を起こしてしまい、第3試合のダブルス戦を途中棄権した[1]。同時に背中の故障を患った彼は、2006年5月から長期間の戦線離脱を経験し、世界ランキングも大幅に下降した。2007年10月のデビスカップ「ワールドグループ・プレーオフ」で、ルーマニア・チームは対日本戦のため大阪府門真市なみはやドームでプレーしたことがある。ハネスクは鈴木貴男との第1試合を落としたが、最終第5試合で添田豪を 6-3, 5-7, 7-6, 7-6 で下し、ルーマニアは日本を退けてワールドグループ残留を決めた[2]

2008年夏、ハネスクはついに男子ツアーのタイトルを獲得し、7月第1週のスイス・グスタッド大会決勝でイーゴリ・アンドレエフロシア)を破ってシングルス初優勝を決めた。翌週のオーストリアキッツビュール大会では、ジェームズ・セレターニアメリカ)と組んでダブルス初優勝を達成する。2度目のオリンピック出場となった北京五輪では、シングルスでガエル・モンフィスフランス)との2回戦に進んだ。2009年全仏オープンで、ビクトル・ハネスクは初めて「第30シード」に選ばれ、4年ぶりの全仏4回戦に進出した。3回戦で地元フランス人選手の第7シード、ジル・シモンを 6-4, 6-4, 6-2 のストレートで圧倒したが、続く4回戦ではフェルナンド・ゴンサレスチリ)に 2-6, 4-6, 2-6 で完敗し、4年ぶりの準々決勝進出はならなかった。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 5回 (1勝4敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (0-0)
ATPワールドツアー・250シリーズ (1-4)
サーフェス別タイトル
ハード (0-0)
クレー (1-4)
芝 (0-0)
カーペット (0-0)
サーフェス別タイトル
屋外 (1-4)
室内 (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2007年9月16日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー フランスの旗 ジル・シモン 6–4, 3–6, 2–6
優勝 1. 2008年7月13日 スイスの旗 グシュタード クレー ロシアの旗 イーゴリ・アンドレエフ 6–3, 6–4
準優勝 2. 2009年7月12日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー フランスの旗 ジェレミー・シャルディー 6–1, 3–6, 4–6
準優勝 3. 2010年4月11日 モロッコの旗 カサブランカ クレー スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 2–6, 3–6
準優勝 4. 2011年5月21日 フランスの旗 ニース クレー スペインの旗 ニコラス・アルマグロ 7–6(5), 3–6, 3–6

ダブルス: 4回 (2勝2敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2005年9月18日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー ルーマニアの旗 アンドレイ・パベル アルゼンチンの旗 ホセ・アカスソ
アルゼンチンの旗 セバスチャン・プリエト
3–6, 6–4, 3–6
優勝 1. 2008年7月14日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・セレターニ アルゼンチンの旗 ルーカス・アーノルド・カー
ベルギーの旗 オリビエ・ロクス
6–3, 7–5
準優勝 2. 2009年7月13日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ルーマニアの旗 ホリア・テカウ チェコの旗 フランティシェク・チェルマク
スロバキアの旗 ミハル・メルティナク
5–7, 4–6
優勝 2. 2011年2月16日 メキシコの旗 アカプルコ クレー ルーマニアの旗 ホリア・テカウ ブラジルの旗 マルセロ・メロ
ブラジルの旗 ブルーノ・ソアレス
6–1, 6–3

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 通算成績
全豪オープン A A 1R 2R 1R 1R 1R 2R 2R 1R 1R 1R 3–10
全仏オープン LQ 3R 2R QF A 1R 2R 4R 3R 2R 1R 3R 16–10
ウィンブルドン A 3R 1R 2R A A 2R 3R 3R 2R A 1R 9–8
全米オープン A 1R 1R 1R A A 2R 1R 2R 1R A 1R 2–8

脚注[編集]

外部リンク[編集]