ヴィクトリア湖
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| ヴィクトリア湖 | |
|---|---|
ヴィクトリア湖の衛星画像 |
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| 所在地 | ケニア、ウガンダ、タンザニア |
| 面積 | 68,800 km² |
| 周囲長 | 3,440 km |
| 最大水深 | 84 m |
| 平均水深 | 40 m |
| 貯水量 | 2,750 km³ |
| 水面の標高 | 1,134 m |
| 成因 | 構造湖 |
| 淡水・汽水 | 淡水 |
| 湖沼型 | - |
| 透明度 | 0~2 m |
ヴィクトリア湖(英語:Lake Victoria)は、ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大(68,800 km2)の湖である。Victoria Nyanza、Ukerewe、Nalubaaleとしても知られる。
目次 |
[編集] 概要
ナイル川の主流の一つ、白ナイル川の源流となっている。世界第3位の湖水面積を誇り、湖の中にはウガンダ領のセセ諸島 (Ssese Islands) をはじめとする約3000の島々がある。ビクトリア湖は代表的な古代湖であり、およそ100万年の歴史をもち、多くの固有種が進化し生息する『ダーウィンの箱庭』としても有名だが、近年ナイルパーチというスズキ亜目アカメ科の全長2mを超す肉食の外来魚が食用として放流されて定着し、湖の固有種が激減している。これまでにハプロクロミス亜科のシクリッド数百種が姿を消し、そのうちの多くは絶滅したと考えられている。また、「ンゲゲ」(ngege)と呼ばれる固有種のティラピア(Oreochromis esculentus)も絶滅した。食用に加工されたナイルパーチはヨーロッパや日本へ輸出されており、ヴィクトリア湖周辺の地域にとって重要な外貨獲得源となっている。ナイルパーチによる生態系の破壊とその輸出で支えられている近郊の社会の貧困と荒廃は、ドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』にも取り上げられた。 湖の中には住血吸虫がいると言われ、泳ぐことはできない。
[編集] 形成
ヴィクトリア湖は、ちょうどグレート・リフト・バレーに囲まれているが、ヴィクトリア湖の形成はこのグレート・リフト・バレーが原因であると考えられている。グレート・リフト・バレーは、約1000万~500万前年から地表が隆起し始めたと考えられているが、ちょうどヴィクトリア湖の両側に隆起が発生し、その間が陥没することで湖ができたという説が有力である。
[編集] 探検の歴史
ヴィクトリア湖に関する最初の記録は、アフリカ内陸部に金や象牙などの交易路を持っていたアラブ人交易商たちによるものである。1160年頃の地図において、すでにヴィクトリア湖の詳細な表現がなされており、ナイル川の水源であることも示されていた。
ヨーロッパ人が初めてこの湖の存在を確認したのは、1858年、イギリス人の探検家 ジョン・ハニング・スピーク(John Hanning Speke)によってである。彼は、リチャード・フランシス・バートンとともにナイル川の水源を探す探検を行ってこの湖を確認した。この湖をナイル川の水源だと信じたスピークは、時のイギリス女王ヴィクトリアの名を取り、ヴィクトリア湖と命名した。
スピークの探検では、湖がナイル川の水源である事は確認できなかった。後にアメリカの探検家ヘンリー・モートン・スタンリーによって、水源であることが確認された。
[編集] 水位低下
2008年3月にメディアに流れた情報によると、水位が下がり係留していたと思われるボートが陸に上がってしまったり、湖岸に幅10~20mの草地が続いていたという。NASAなどの衛星データによると、水位はピークの98年から1.5m下がっており、90年代の平均と比べても50cmも低くなっているという。原因としては、降雨量の減少と下流にあるダムへの過剰な流出と思われる[1]。
干上がりかけた水たまりには蚊の幼虫が泳ぎ、マラリアが非流行地だったケニア西部の高地にも多発するようになっている [1]。
[編集] 参考資料・脚注
- ^ a b 「アフリカ 縮む巨大湖、蚊の巣窟に マラリアが高地にも」 朝日新聞 asahi.com 2008年3月9日

