ヒルデガルト・フォン・バイエルン (1825-1864)

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バイエルン王女/テッシェン公妃 ヒルデガルト(1850年頃)

ヒルデガルト・フォン・バイエルン(Hildegard von Bayern, 1825年6月10日 - 1864年4月2日)は、バイエルン王国の王族。バイエルン王ルートヴィヒ1世の四女で、テシェン公アルブレヒトの妃となった。全名はヒルデガルト・ルイーゼ・シャルロッテ・テレジア・フリーデリケHildegard Luise Charlotte Theresia Friederike)。

1825年6月10日、ルートヴィヒ1世(当時王太子)とその妃であったザクセン=ヒルトブルクハウゼンフリードリヒの娘テレーゼの間に第七子としてヴュルツブルクで生まれた。

1864年4月2日、ヒルデガルトはウィーンで死去した。遺骨はウィーンのカプツィーナー教会にある皇帝納骨所カイザーグルフト)に収められている。

子女[編集]

ヒルデガルトは1844年5月1日にオーストリア大公アルブレヒト(後に父カールからテシェン公を継承)とミュンヘンで結婚した。2人の間には以下の一男二女が生まれたが、一人息子のカール・アルブレヒトは早世したため、テシェン公位はアルブレヒトの歿後その甥であるフリードリヒが嗣いだ。