ヒューイ"ピアノ"スミス

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ヒューイ"ピアノ"スミス
基本情報
出生 1934年1月26日
米国ルイジアナ州ニューオーリンズ
ジャンル R&Bブルース
職業 ミュージシャン
担当楽器 ピアノ
レーベル エイス・レコード
インペリアル・レコード
共同作業者 リトル・リチャード
アール・キング
ギター・スリム
ボビー・マーシャン

ヒューイ"ピアノ"スミス (Huey "Piano" Smith, 1934年1月26日 - ) は、米国ルイジアナ州ニューオーリンズのR&Bピアニスト。1950年代より自身のバンド、ザ・クラウンズを率いて活躍。底抜けに明るいノヴェルティ・ソングの数々を生み出した。そのサウンドは、ドクター・ジョンらニューオーリンズのミュージシャンたちに影響を与えるに留まらず、ロックンロールのサウンド形成にも大きく寄与したといわれている。

来歴[編集]

ヒューイ・スミスは、1934年1月26日、ニューオーリンズに生まれた。15歳の頃からニューオーリンズのクラブ・シーンで活動するようになり、ギター・スリムアール・キングを始め、スマイリー・ルイスロイド・プライスなど数多くのアーティストのバックを務めるようになった。リトル・リチャードのバンドでも活躍し、彼のレコードでもピアノを弾いている。

1957年、ヒューイ"ピアノ"スミス&ザ・クラウンズを結成。ジョニー・ヴィンセントのエイス・レコードと契約し、同年"Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu"をリリース、これがR&Bチャート5位を記録するヒットとなった。

クラウンズは、60年代にかけて他にも"Don't You Just Know It"、"High Blood Pressure"、"Pop-Eye"などの楽曲を世に送り出している。クラウンズの歌手は、この数年の間にボビー・マーシャン、ジェリー・ホール、カーリー・ムーアと変わっていった。

60年代に入ってエイスとの契約が終了すると、スミスはインペリアル・レコードと契約するが、エイス時代の成功を再現するには至らなかった。この後、スミスはエホバの証人となり、音楽活動から引退した。以降、何度か単発的なカムバックはあったものの、今日まで本格的に音楽活動を再開してはいない。

日本では、2005年に放映されたサントリーの飲料「DAKARA」のCFに、スミスの"Don't You Just Know It"使用され話題となった。

ディスコグラフィー[編集]

  • 1959年 Having a Good Time (Edsel)
  • 1962年 Night Before Christmas (Ace)
  • 1965年 Rockin' Pneumonia (Ace)
  • 1984年 Somewhere There's a Honey (Ace)
  • 1992年 Good Ole Rock 'n' Roll (Ace)
  • 1997年 Best New Orleans Masters (P-Vine)
  • 1998年 'Twas the Night Before Christmas (WestSide)
  • 1999年 Having Fun with Huey "Piano" Smith (WestSide)
  • 1999年 That'll Get It (Even More of the Best) (Ace)
  • 2005年 High Blood Pressure (Aim)

外部リンク[編集]