ヒバゴン
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庄原市の比婆観光センター敷地内にある目撃情報を元に製作された像。右にある看板は近年マスコットキャラクターとしてデザインされたヒバゴン(2009年撮影)
ヒバゴンは、日本に生息すると言われている、類人猿型の未確認動物のひとつ。1970年代に、広島県比婆郡西城町油木・比婆郡比和町・庄原市(現在は全域が庄原市)の中国山地にある比婆山連峰において目撃された。
ヒバゴンの名称は比婆山(ひばやま)からきている。
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特徴 [編集]
- 類人猿型であり、二足歩行が可能である。
- 体中が黒もしくは濃い茶色の毛で覆われている。
- 尻の左半分の毛が白がかっている。またサルのようなタコ(尻の毛の生えていない部分)が無かったという。
- 顔は逆三角形と報告されている。
- 目はギョロ目で大きくつりあがっている。
- 背丈は1.5m程度と小柄な大人くらい。ずんぐりむっくりしている。
- 体格から推定される体重は85kg程度。
- 足のサイズは27cm程度。
- 目撃された個体は単一らしく、片足を引きずっていた。
- 歩く際に、鳴き声と思われる音を発する事がある。
目撃史 [編集]
- 1970年(昭和45年)7月20日:油木地区のダム付近をトラックで走行中の男性が、道路を横切り林の中に消えた怪物を目撃。姿形はゴリラに似て、子牛ほどの大きさがあったという。
- 1970年(昭和45年)7月23日:同地区の農家に住む男性が、大人の背丈ほどの全身が黒い毛で覆われ、頭部が異様に大きく、顔は人間に似ている怪物と遭遇。以後、ダムを中心に3キロ四方で同様の怪物の目撃例があいつぐ。
- 1970年(昭和45年)12月:吾妻山で、雪原に怪物のものとみられる足跡が発見される。12月だけでも合計12件の目撃報告があった。その後、1974年まで毎年のように夏になると人々に目撃された。
- 1974年(昭和49年)8月18日:庄原市川北町須川の県境に位置する山間の道で、全身毛むくじゃらで身長1・6メートルほどの怪物を男性が目撃。胴は人間の二倍ほどもあり、怪物は男性の乗った車にびっくりしたような仕草で、林に姿を消した。
- 1974年(昭和49年)8月18日:写真撮影に成功したとされる。この後、同年10月11日の目撃を最後に、ヒバゴンの消息が途絶える。
影響 [編集]
1971年(昭和46年)4月に、地元の自治体(広島県比婆郡西城町役場)に類人猿係が創設された。その後、1975年(昭和50年)3月に類人猿係は廃止されている。同時に、自治体による「ヒバゴン騒動終息宣言」が出された。
広島東洋カープで「炎のストッパー」と呼ばれた津田恒実は、高校時代から怪物投手と騒がれ、「ツネゴン」と呼ばれた。
重松清の小説「いとしのヒナゴン」および、それを映画化した「ヒナゴン」のモデルとなった。
注意点 [編集]
全てのUMAに言えることであるが、何かの見間違いである可能性がつきまとっている。ヒバゴンの場合、ツキノワグマかニホンザルである可能性が高い(ただし地元の人に言わせれば、熊が現れるのはもっと山奥で、ヒバゴンが目撃された地点では熊の餌がないと言う)。動物学者の今泉忠明は、ヒバゴンはその大きさを除けばニホンザルそのものであり、ニホンザルの老いた個体が群れから脱落し、人里に現れたのでは無いかと推察している。
関連項目 [編集]
- UMA
- イエティ
- ビッグフット(サスクワッチ)
- 野人(イェレン)
- ヨーウィ
- ヒナゴン - ヒバゴン騒動の映画化作品。
- 覚
- 珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち- - 外人軍団の「フンガー」の元の姿は最強最悪の野獣・ビババンゴ(ヒババゴン)。
- 香取慎吾 - 松本人志から「ヒバゴン」と呼ばれている。
- 四八(仮) - ミステリーアドベンチャーゲーム。広島県のストーリーの題材となった。