パープルハート章
パープルハート章 (Purple Heart) は、アメリカ合衆国の戦傷章。日本語では名誉負傷章、名誉戦傷章、名誉戦死傷章等とも表記される。
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概要 [編集]
| パープルハート章 | |
|---|---|
| 表面 | 裏面 |
戦闘を含む作戦行動によって死傷したアメリカ合衆国全軍の兵士に対して与えられる。生死不明になった場合にも授与されることがある。
記章は幅 1 3/8 インチのハート型で、表面は紫色で金色の縁取りがされ、中心にはワシントンの胸像レリーフが配置され、紐の部分はワシントンのコート・オブ・アームズとなっている。そして、裏面は青銅地金に“FOR MILITARY MERIT”の文字が彫られている。綬は幅 1 3/8 インチで紫色。両端に 1/8 インチ幅の白線。
沿革 [編集]
パープルハート章の前身は、ジョージ・ワシントンによってアメリカ独立戦争中の1782年に制定されたバッジ・オブ・ミリタリーメリット (Badge of Military Merit) である。この章は紫色でハート型の布片だった。しかし、この章は終戦に伴い運用されなくなった。
1932年、ジョージ・ワシントン生誕200周年を記念して、大統領命令により当時の陸軍参謀総長ダグラス・マッカーサーが”パープルハート章”の名称で復活させた(1932年2月22日陸軍省令第3号)。そして、同日発行の陸軍省通達により、1917年4月以降に功労感状 (Meritorious Service Citation Certificate) を受けた者及び戦傷袖章 (Wound Chevron) の着用を許可された者も同章の授与対象とされた。このことにより、マッカーサー自身も第一次世界大戦時の戦傷に対して同章が授与された。
第二次世界大戦中、アメリカ軍は日本本土決戦において生じるであろう死傷者数を推定して50万個のパープルハート章を製造したが、ポツダム宣言受諾によって本土決戦はなくなり、このため量産されたパープルハート章は戦後70年たっても尽きることがなかった。2003年当時で残っているパープルハート章の総数は12万ほどだった。これが底をついたのはつい最近である[1]。
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第二次世界大戦中のセット。この当時は略綬が付属しておらず、リボンの切れ端が一緒に渡されていた。
主な受章者 [編集]
- ジョージ・パットン
- ダグラス・マッカーサー
- マシュー・リッジウェイ
- チャック・イェーガー
- ジョン・ケリー
- ジョン・マケイン
- カート・ヴォネガット - 小説家
- ウォーレン・スパーン - メジャーリーグ選手
- パット・ティルマン - NFL選手
- ルドルフ・アンダーソン
- ダニエル・イノウエ
- ヨンオク・キム
- テリー・テルオ・カワムラ
- キャピー原田
- ジェシカ・リンチ
脚注 [編集]
参考資料 [編集]
- American Forces Information (1992).Armed Forces DECORATION AND AWARDS. Department of Defense.
- Jeff Warner (2007/9/15). U.s. Navy Uniforms and Insignia 1940-1942 (U.S. Navy Uniforms in World War II Series). Schiffer Pub Ltd. ISBN 978-0764325830.
関連項目 [編集]
- 第442連隊戦闘団-第二次世界大戦中に組織された日系アメリカ人部隊。9,486個もの名誉戦傷章を授与されており、名誉戦傷戦闘団 (Purple Heart Battalion) とまで呼ばれた。
