パブロ・ピニジョス

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パブロ・ピニージョス Football pictogram.svg
名前
本名 Pablo Pinillos Caro
カタカナ パブロ・ピニージョス・カロ
ラテン文字 Pablo PINILLOS
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 1974年7月9日(40歳)
出身地 ムリージョ・デ・リオ・レサ
身長 173cm
体重 71kg
選手情報
ポジション DF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995-1996
1996-1997
1997-1999
1997-1999
1999-2000
2000-2003
2003-2005
2005-2011
スペインの旗 CDカラオーラ
スペインの旗 ポンテベドラ
スペインの旗 デポルティーボB
スペインの旗 デポルティーボ
スペインの旗 トレド
スペインの旗 SDコンポステーラ
スペインの旗 レバンテ
スペインの旗 R・サンタンデール
35 (5)
34 (0)
64 (0)
7 (0)
40 (0)
110 (2)
65 (0)
172 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パブロ・ピニージョス(Pablo Pinillos, 1974年7月9日 - )は、スペインラ・リオハ州出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック)。

経歴[編集]

1996年にセグンダ・ディビシオンB(3部)のポンテベドラCFに移籍する前は1日8時間の煉瓦工として働きながらプレーしていた[1]。1997年にデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍したが、2シーズンで7試合しか出場できず、再び下部リーグに活躍の場を求めた。なお、CDトレドSDコンポステーラでセグンダ・ディビシオンBに3度降格し、レバンテUDセグンダ・ディビシオン(2部)へ1度の降格を経験しており、SDコンポステーラではセグンダ・ディビション昇格、レバンテUDではプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格を経験した。このように、1999年から2005年までの期間は毎シーズン昇降格を繰り返した。レバンテUDに所属していた2005年1月には、練習中に愛車のBMWのガラスを割られ、携帯電話を盗まれる事件に遭った[2]。2004-05シーズンはセグンダ・ディビシオン降格となった。

2005年夏、レバンテUD時代の恩師マヌエル・プレシアード監督が率いるラシン・サンタンデールに移籍。守備陣に不可欠な選手となり、キャプテンも任された。2007-08シーズンにはリーグ戦でディフェンダー最多の32試合(2716分)に出場し、6位となって歴史的なUEFAカップの出場権獲得に携わった。2008-09シーズン、34歳のピニージョスはリーグ戦で29試合に出場し、UEFAカップでは3試合に出場した。2009年4月のアスレティック・ビルバオ戦(1-2)でプリメーラ・ディビション初得点となるPKを決めた[3]。2009-10シーズンは23試合に出場し、2010-11シーズンはリーグ戦20試合に出場(先発は19試合)した。2010年9月23日のセビージャFC戦(1-1)では開幕から3連勝の相手に対して引き分けに持ち込む同点弾を決め、2011年2月のヘタフェCF戦(1-0)では決勝点となるPKを決めた。ラシン・サンタンデールでは6シーズンで公式戦通算189試合に出場し、全クラブ通算ではプリメーラ・ディビシオンとセグンダ・ディビシオン合わせて354試合に出場した。2011年7月上旬、37歳にして現役引退を発表し、同時にラシン・サンタンデールのコーチ就任を発表した[4]

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ El fútbol según Pinillos La Voz de Galicia、2008年10月15日 (スペイン語)
  2. ^ マンチェフとピニージョスの携帯が練習中に盗難livedoorスポーツ、2005年1月12日
  3. ^ Athletic Bilbao 2-1 Racing Santander ESPN Soccernet、2009年4月26日
  4. ^ Pinillos pasa a formar parte del staff técnico del Racing ラシン・サンタンデール公式サイト、2011年7月11日 (スペイン語)

外部リンク[編集]