パトリシア・ナッチブル

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第2代マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵夫人パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリア・ナッチブルCBE, MSC, CD, JP, DL(Patricia Edwina Victoria Knatchbull, 2nd Countess Mountbatten of Burma, 1924年2月14日 - )は、イギリス連合王国貴族。初代マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵ルイス・マウントバッテンの長女で、1979年に父が暗殺されるとマウントバッテン・オブ・バーマ伯爵位を襲爵した(マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵位は、男性相続人がいなかった場合に限り、男系の女性相続人で最も血縁の近い年長者が爵位を継承することを特許状で認められている稀な例である)。また三又従妹であるエリザベス2世女王の女官を務めた。女王の夫エディンバラ公フィリップ王子とは従兄妹同士である。

来歴[編集]

ルイス・マウントバッテンとエドウィナ・アシュリー夫人(シャフツベリー伯爵家の子孫で富豪の女子相続人でもあった)の間の長女として生まれた。パトリシアという名は、パトリシア・ラムジーヴィクトリア女王の三男であるコノート公爵アーサーの二女)に因んで名づけられた。マルタ島、イングランド、ニューヨークを転々としながら育ち、1943年に19歳でイギリス海軍女性部隊に入隊し、イギリスの共同作戦本部で働いた。1945年には東南アジアに置かれていた連合国軍最高司令本部に転属となり、この地で父の補佐官を務めていた第7代ブラボーン男爵ジョン・ナッチブルと知り合い、翌1946年10月26日に結婚した。

1973年、パトリシアはケント州の副知事に任命された。彼女はまた治安判事でもあり、さらにSOS子どもの村イギリス支部など、さまざまな組織の活動に貢献している。パトリシアは聖ヨハネ勲章を受章しており、またイギリスの準軍事組織フロンティアーズメン部隊の後援者でもある。

1974年6月15日、パトリシア・ナッチブルは親戚の名付け親であるパトリシア・ラムジーの後任として、パトリシア王女カナダ軽騎兵連隊の連隊長に着任した。同連隊はパトリシア・ラムジーの父親であるコノート公アーサーがカナダ総督を務めていた第1次世界大戦中に、パトリシア・ラムジーに因んで創設された部隊である。1979年にマウントバッテン伯爵位を継いだ後も、パトリシアは同連隊の将校や兵卒から「レディ・パトリシア」と呼ばれるのを好んだ。2007年3月17日、パトリシアはパトリシア王女カナダ軽騎兵連隊連隊長の職を退き、前カナダ総督エイドリアン・クラークソンがその後任となった。2007年8月28日、カナダ総督はパトリシアのカナダ軍軽騎兵連隊長としての働きを称え、彼女にカナダ功労十字章を授けた。

ブラボーン男爵夫人パトリシアは、1979年にスライゴの浜辺でIRAの仕掛けた爆弾テロにより、わずか14歳の息子ニコラス、父マウントバッテン卿、姑のブラボーン男爵未亡人ドリーンを失った。彼らの乗ったボートの漕ぎ手を務めていた15歳の少年も、3人と一緒に死んだ。ボートに同乗していたパトリシア、夫ブラボーン卿、別の息子ティモシーも怪我を負ったものの、命は助かった。

父の暗殺により爵位を継承して伯爵となったパトリシアは、貴族院議員となり、1999年の貴族院法によって世襲貴族の大半が議席を追われるまで議員を務めた。マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵夫人パトリシア・ナッチブルとブラボーン男爵ジョン・ナッチブルは、2005年にジョンが死去するまで夫婦の両方が自身の権利によって爵位を有していたが、これは珍しいことだった。

子女[編集]

パトリシアは夫ジョンとの間に8人の子女をもうけた。

  • ノートン・ルイス・フィリップ・ナッチブル(1947年 - )第8代ブラボーン男爵
  • マイケル=ジョン・ウルリック・ナッチブル(1950年 - )
  • アンソニー・ナッチブル(1952年、夭折)
  • ジョアンナ・エドウィナ・ドリーン・ナッチブル(1955年 - )
  • アマンダ・パトリシア・ヴィクトリア・ナッチブル(1957年 - )
  • フィリップ・ウィンダム・アシュリー・ナッチブル(1961年 - )
  • ティモシー・ニコラス・ジーン・ナッチブル(1964年 - )…ニコラスの双子の兄
  • ニコラス・ティモシー・チャールズ・ナッチブル(1964年 - 1979年)…ティモシーの双子の弟、IRAの爆弾テロの犠牲者

外部リンク[編集]

上位:
  ルイーズ・マウントバッテン  
イギリス王位継承順位
継承順位第 473
他の英連邦王国の王位継承権も同様
下位:
ノートン・ナッチブル
第8代ブラボーン男爵
爵位
先代:
ルイス・マウントバッテン
第2代
マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵

1979年 -
次代:
法定推定相続人
ノートン・ナッチブル