パッツイー・ミンク

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パッツイー・ミンク


アメリカ合衆国下院議員
ハワイ州全域区選出
任期
1965年1月3日 – 1973年1月3日
前任者 トーマス・ギル
後任者 選挙区改変 [1]

アメリカ合衆国下院議員
ハワイ州第2選挙区選出
任期
1973年1月3日 – 1977年1月3日
前任者 新設選挙区
後任者 ダニエル・K・アカカ

アメリカ合衆国下院議員
ハワイ州第2選挙区選出
任期
1990年9月22日 – 2002年9月28日
前任者 ダニエル・K・アカカ
後任者 エド・ケース

出生 1927年12月6日
ハワイ州マウイ島
死亡 2002年9月28日(74歳)
ハワイ州ホノルル
政党 民主党

パッツイー・マツ・タケモト・ミンクPatsy Matsu Takemoto Mink、日本名:竹本 まつ〈たけもと まつ〉、1927年12月6日 - 2002年9月28日)はアメリカ合衆国政治家民主党員。日系アメリカ人三世。

ハワイ州初の女性弁護士。海洋国再環境担当国務次官補 (1977年-1978年)、 白人以外の女性では初のアメリカ合衆国下院議員。合計12期議員を務め、中間選挙のさなかに死去したが、その選挙においても当選した。教育改革法第九条項 (Title IX of the Education Amendments Act of 1972、連邦政府から援助金を受けている学校や大学に対し性別に基づいての差別を禁じる法) を草稿。ハワイ州から選出された初めての女性連邦議会議員でもある。また、反戦候補としてオレゴン州で行われた大会において1972年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党予備選挙に出馬し、大統領選に出馬した初めてのアジア系アメリカ人ともなった。

両親は日系二世である。父のスエマツ・タケモトは土木技術者であり、母のミタマ・タテヤマは主婦であった。スエマツは1922年ハワイ大学を卒業した。

脚注[編集]

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  1. ^ http://bioguide.congress.gov/scripts/biodisplay.pl?index=m000797

外部リンク[編集]

議会
先代:
トーマス・ギル
ハワイ州選出下院議員
ハワイ州第1選挙区

1965–1973
次代:
選挙区改変
先代:
新設選挙区
ハワイ州選出下院議員
ハワイ州第2選挙区

1973–1977
次代:
ダニエル・K・アカカ
先代:
ダニエル・K・アカカ
ハワイ州選出下院議員
ハワイ州第2選挙区

1991–2002
次代:
エド・ケース
党職
先代:
レノア・サリヴァン
民主党下院議員幹部会副委員長
1975–1977
次代:
シャーリー・チゾム