パクティヤー州

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パクティヤー州 (Paktiyā パシュトー語表記で پکتيا) は、アフガニスタン南東部にあるである。南部がホースト州として分離したため、面積が6,431.75km²と小さくなった。人口477,500人 (2006年の公式推計[1])、州都はガルデーズGardez)。

目次

歴史[編集]

ムハンマド・ナジーブッラー元大統領はパクティヤー州の出身である。パクティヤーは元は、ホースト州パクティーカー州とともに一州を成していた。今日ではこれら3州を合わせて、ロヤ・パクティーカー (大パクティーカー) と称する。

政治[編集]

不安的な政治状況にある辺境のため、ターリバーン政権の崩壊後、短期間に多くの知事が交代した。2006年9月のハキーム・タニーワール (当時) 知事の暗殺事件後、ラハマトラ・ラフマットが新知事として任命された。2013年5月現在の知事は、ジュムア・ハーン・ハムダルド[1]

パクティヤー州はパシュトゥーン人の強固な地盤であり、同州のパシュトゥーン人ナショナリストには、ロヤ・パクティーカーを再結成しパシュトゥーニスタンを建国しようと言う主張がある。

同州はさまざまな問題を抱えているものの、同国南東部で最も安定した地域の1つであり、社会資本を再構築するために着実な努力が払われ、成果が表れている [2]地域復興支援チーム (PRT) がガルデズに基地を置き、治安と復興を支援している。

治安[編集]

2006年9月、ハキーム・タニーワールがターリバーンの自爆テロによって暗殺された [3]。当時、タニーワールの名前は反政府組織による暗殺リストの最上位にランクされていた。

パクティヤーは国内でも最も複雑な政治状況を抱えている。複数の軍閥司令官が州内に強い勢力を保ち、彼らの動向と武力が同州の統治を困難にしている。また、ヒンドゥークシュ山脈に連なる同州の険しい山岳地帯は、ゲリラ活動に格好の隠れ家を提供している。

ターリバーン政権の崩壊後、州内の覇権を巡って軍閥間の小競り合いが相次ぎ、パクティヤーにはきわめて混乱した状況がもたらされた。ガルデズ南部の洞窟地帯では、ターリバーンとアルカーイダとの交戦によって、米軍に侵攻開始以来、最大級の損害がもたらされた[4]

地理[編集]

パクティヤーはパキスタンの連邦部族直轄地域に属する北ワジリスタンとクラムと国境を接している。アフガニスタン東部の他の伝統的なパシュトゥーン人地域と同様、パキスタンとの国境を画しているデュアランド・ラインはまったく実効力を持たず、地域住民は両国を自由に往来している。

州内のパシュトゥーン人の主要部族は、ザジ、マンガル、ザドラン、ワジール、アフマジ、グルバズ、クラムである。

州内には12県がある。

脚注[編集]

  1. ^ U.S. Hands Over Nation-Building Projects To Afghans”. National Public Radio (2013年5月16日). 2013年6月9日閲覧。