バート・ミアディッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
バート・ミアディッチ
Bart Miadich
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州トーランス
生年月日 1976年2月3日(38歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2001年9月2日
NPB / 2005年7月12日
最終出場 MLB / 2003年8月12日
NPB / 2005年9月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・バートン・ミアディッチJohn Barton Miadich, 1976年2月3日 - )ことバート・ミアディッチは、アメリカ合衆国カリフォルニア州トーランス出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

サンディエゴ大学を経て、1997年ボストン・レッドソックスと契約。メジャー昇格のないまま1999年アリゾナ・ダイヤモンドバックス2000年アナハイム・エンゼルスと渡り歩き、2001年9月2日の対ミネソタ・ツインズ戦(メトロドーム)で、8回裏にリリーフ登板しメジャーデビュー。結果は1イニングを無失点だった。

2005年6月にNPB読売ジャイアンツと契約し、7月に日本へ渡る。4月中に解雇となったダン・ミセリに代わる抑え役を期待され、ビデオだけで獲得を決めたミセリの反省を踏まえ、当時ニューヨーク・ヤンキース傘下のマイナーチームにコーチ留学していた岡崎郁が直々に視察をした上での獲得だった。

入団会見では「1か月半前に161km/hを出した。次は163km/hを狙う」と豪語し、さらにアメリカで同僚だったことがあるマーク・クルーン(当時横浜)の名前を挙げ「俺が先に160km/hを出す」とライバル視していた。実戦ではストレートは150km/h前後をコンスタントに記録し(最速は152km/h)、スライダーのキレもそれなりのもので奪三振率は高かった。しかし、制球力に難があり、甘い球を痛打されたり四球や暴投が絡んで自滅することも多々あった。クイックモーションもあまり早くなかったため簡単に盗塁を許していた。

クローザーとして期待されての入団だったが、初登板の対中日戦で早速失点するなど安定感がなかったことや、シーズン途中から林昌範がクローザーに定着したため、敗戦処理などリードされた場面での登板が中心だった。ヘクター・アルモンテロドニー・ペドラザフリオ・サンタナブライアン・コーリー、そしてミセリと失敗続きだった巨人のリリーフ外国人投手の例に漏れず、首脳陣の信頼を得られることはなく、9月に登録を抹消。そのままシーズン終了後に解雇された。

7月29日の対中日戦(東京ドーム)では、相手投手の川上憲伸に左翼への特大本塁打を打たれるという屈辱を味わい、チームも完封負けを喫した。

2006年フロリダ・マーリンズ傘下の3Aアルバカーキでプレーし、同年限りで現役引退。

2007年に公表されたMLBの薬物使用実態調査「ミッチェル・リポート」において、薬物使用の疑いがあることが判明した。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2001 ANA 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 41 10.0 6 2 8 0 0 11 1 0 5 5 4.50 1.40
2003 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 12 2.0 5 0 1 0 1 3 1 0 4 4 18.00 3.00
2005 巨人 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 101 21.1 22 3 14 1 1 29 4 1 17 17 7.17 1.69
MLB:2年 12 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 53 12.0 11 2 9 0 1 14 2 0 9 9 6.75 1.67
NPB:1年 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 101 21.1 22 3 14 1 1 29 4 1 17 17 7.17 1.69

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 52 (2001年、2003年)
  • 63 (2005年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]