バレーボール中華人民共和国女子代表

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Volleyball (indoor) pictogram.svgバレーボール中華人民共和国女子代表
国または地域 中華人民共和国の旗 中国
大陸連盟 アジアバレーボール連盟
協会 中国バレーボール協会
監督 蔡斌
国名コード CHN (China, People's Rep. of)
FIVBランキング 6位(2011年1月15日版)
オリンピック
出場回数 7回
初出場 1984 ロサンゼルス
最高成績 1位金メダル(1984、2004)
世界選手権
出場回数 12回
初出場 1956 世界選手権
最高成績 1位金メダル(1982、1986)
ワールドカップ
出場回数 9回
初出場 1977 ワールドカップ
最高成績 1位優勝(1981、1985、2003)
アジア選手権
出場回数 15回
最高成績 1位優勝(1979、1987、1989、1991、1993、1995、1997、1999、2001、2003、2005、2011)
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バレーボール中華人民共和国女子代表は、バレーボールの国際大会で編成される中華人民共和国の女子バレーボールナショナルチームである。

目次

[編集] 歴史

1953年国際バレーボール連盟へ加盟[1]。初めての世界大会は1956年世界選手権で、初出場ながらオーストリア、オランダ、ドイツなどを破り6位の成績を収めた。中国はヨーロッパチームの高いトスを両サイドに上げて攻撃するヨーロッパバレーに対し、速いコンビネーションを多用するオリエンタルバレーで対抗して世界のバレー界から注目を集めた。

1964年東京五輪での東洋の魔女の活躍は中国に影響を与えた。本格的にチームを強化するために東京五輪の日本代表監督を務めた大松博文を招き、1965年4月から1ヶ月間指導を受けた。

1980年代にはエースアタッカー・郎平を中心に国際大会で多くの結果を残し、1981年から1986年にかけては3大大会で5連覇を達成した。1990年代は惜敗続きであったものの2004年のアテネオリンピックでは久しぶりに金メダルを獲得した。

2005年に入り諸外国が次々と代表の世代交代をしていく中で中国代表はさほどの変化を見せなかった。それはもともと北京五輪の金メダルを目標として形成された若い代表だった為である。

2006年になると17歳のレフトでパワースパイカーの王一梅と196cmの身長を誇る徐雲麗が代表に加わった。2006ワールドグランプリでは決勝に進んだものの5位に終わった。2006世界選手権では1次ラウンドでロシア、ドイツに敗れ3位で通過することとなり、2次ラウンドでは2日目にブラジルと対戦した。2セット取ってから3セット取られて逆転負けをした。その後もオランダに敗れるなどの波乱があったが、順位決定の決勝ラウンドではキューバと日本を倒し5位で大会を終えた。年末のアジア競技大会では決勝で日本に逆転勝ちし3大会連続6度目の金メダルを獲得した。

2007年はキャプテンでセッターの馮坤が膝の手術で代表を離れると、新キャプテンには周蘇紅が就任。中国国際で優勝、モントルーバレーマスターズ優勝、エリツィン杯優勝と、主力がいないながらも好成績のスタートとなった。同年のワールドグランプリでは予選ラウンドで5勝4敗と8位であったが、開催国のため繰り上がりで進出した。寧波で行われた決勝ラウンドでオランダに敗れたが、イタリア、ブラジルらを下し、準優勝を決めた。直後のアジア選手権は5年ぶりに日本に敗れ、同大会で続いていた連覇記録が10で途切れた。なお、ワールドカップには北京五輪の出場権を獲得済みのため、不参加だった。

2008年、地元開催の北京五輪では初戦でポーランドに快勝したが、予選ラウンドで3勝2敗で決勝トーナメントへ進んだ。準々決勝ではアテネ五輪決勝の再現となったが、3-0で破り準決勝に駒を進めブラジルと対戦し、ストレートで敗戦を喫し、大会2連覇は成らなかった。3位決定戦でキューバに勝利し銅メダルを確保した。同年10月の第1回アジアカップで北京五輪銅メダリストが名を連ねて初代チャンピオンに輝いた。

2009年、監督、スタッフが新たに変わり、選手構想も一気に若返った。新キャプテン・魏秋月、エースの王一梅を中心に、モントルーバレーマスターズ、トリノ国際で3位となった。だが、ワールドグランプリで5位とメダルに手が届かず、アジア選手権では決勝でタイに1-3で敗れ、女王奪回はならなかった。

2010年から監督が代わり、中国国際、モントルーバレーマスターズで優勝と幸先のよいスタートを切った。ワールドグランプリで4位とメダルに届かず、世界選手権では1次ラウンドでトルコ、韓国、ロシア敗れ2勝3敗と4位通過になった。そこから、2次ラウンドで持ち直すも9位決定戦でポーランドに敗れて10位と低迷した。その結果から直後の広州アジア大会には決勝で韓国に逆転勝ちを収め7度目の優勝を飾った。

2011年の中国国際、エリツィン杯では優勝を果たした。同年のワールドグランプリでは全試合を地元開催した。しかし、決勝ラウンドで全敗し8位と過去最低に終わった。直後の第16回アジア選手権では決勝で日本を3-1で下し2005年大会以来の優勝を飾った。

[編集] 過去の成績

[編集] オリンピックの成績

1964年から1980年まで不参加

[編集] 世界選手権の成績

[編集] ワールドカップの成績

[編集] アジア選手権の成績

[編集] 歴代代表選手

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

  1. ^ Asian Volleyball Confederation (AVC)”. FIVB. 2010年8月7日閲覧。
  2. ^ 北京オリンピック開催国のため、出場権が無かった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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