バルト人
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バルト人(ラトビア語:balti;リトアニア語:baltai;ラトガル語:bolti)は、バルト海東南岸付近(現在のリトアニアと、ラトビア)に居住するバルト語派を話す民族をいう。古くからバルト海の東南にある南のヴィスワ川、ダウガヴァ川、また ドニエプル川 北方が囲まれている地域に居住したインド・ヨーロッパ語族のグループから来ている。
地域にある数多くの湖や沼沢はバルト人を外の世界から切り分けていたため、バルト語派は多くの古代語の特徴を保っている。バルト人の中には現代のリトアニア人、ラトビア人とラトガル人(東バルト人の民族)がいれば、言語も文化が絶えてしまったプロイセン人、ヨトヴィング人とガリンド人 も皆バルト人であった。
このように東バルト語を母語とする東バルト人と西バルト語を母語とする西バルト人に分けられる。[1]
脚注 [編集]
- ^ 伊藤一郎「歴史の起源」40ページ(伊藤孝之・井内敏夫・中井和夫編『新版 世界各国史20 ポーランド・ウクライナ・バルト史』山川出版社 1999年)
関連項目 [編集]
参考 [編集]
- Balts 英語版のウィキペディア記事の最初の一番目と二番目の段落の翻訳。
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