バラカ (マムルーク朝)

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バラカアラビア語: بركة / Barakah, الملك السعيد ناصر الدين محمّد بركة خان بن الملك الظاهر بيبرس al-Malik al-Sa‘īd Nāṣir al-Dīn Muhammad Baraka Khān b. al-Malik al-Ẓāhir Baybars, 生没年1259年?-1280年)は、バフリー・マムルーク朝の第6代スルターン(在位1277年1279年))。バイバルスの子。改宗名はムハンマド。略してサイード・バラカ=ハーン الملك السعيد بركة خان al-Malik al-Sa‘īd Baraka Khān とも呼ばれる。資料によってはバラカ=ハーンの部分をバラカ=カーン بركة قان Baraka Qān とも書かれる。

1277年、父のバイバルスが急死したために即位することとなったが、1279年にカラーウーンを中心にしたマムルーク軍団のクーデターに遭ってスルターン位を廃されてカラク城に追放された。翌年に病死した。

先代:
ザーヒル・バイバルス
マムルーク朝
1277年 - 1279年
次代:
アーディル・サラーミシュ