ミロシュ・バヤリツァ
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| バヤリツァ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | バキ | |
| ラテン文字 | Miloš BAJALICA | |
| キリル文字 | Милош Бајалица | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1981年12月15日(27歳) | |
| 出身地 | ベオグラード | |
| 身長 | 185cm | |
| 体重 | 76kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 3 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2002-2007 2007 2008 |
78(8) 13(0) |
|
| 1. 国内リーグ戦に限る。現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ミロシュ・バヤリツァ(あるいはミロシュ・バヤリッツァ、セルビア語:Милош Бајалица、ラテン文字表記:Miloš BAJALICA、1981年12月15日 - )は、セルビア出身のサッカー選手。ユーゴスラビア社会主義人民共和国セルビア社会主義共和国ベオグラード(後のセルビア共和国)出身。名古屋グランパス所属。
目次 |
[編集] 経歴
2002年にOFKベオグラードでデビュー[1]。2006-07シーズン途中まで在籍し、後年にはキャプテンも務めていた[2]。2007年に当時のレッドスター会長ストイコビッチの誘いを受けて[2]レッドスター・ベオグラードへ移籍し、翌2008年にストイコビッチが名古屋グランパスの監督に就任する際には守りの要としてグランパスへと引き抜かれた[1]。
来日当初は生活パターンの変化[3]や、夏場の猛暑[4]の影響により持ち味を発揮できない試合があったが、徐々に調子を取り戻し2008年シーズン終盤には守備の要として活躍していた。
2009年シーズンは3月7日のリーグ開幕戦大分トリニータ戦での怪我により4月8日のACLニューカッスル戦までを欠場[5]、次いで4月28日には母親の看病を理由として帰国している[6]。7月11日に再来日し、7月13日の練習からチームへ再合流[7]、7月18日のリーグ戦京都サンガF.C.戦からベンチ入りしている。なお、帰国中には古巣のOFKベオグラードで練習していたことや、再合流の目処も立っていなかったことから移籍も噂された[6]が、バヤリツァ本人は“デタラメ”と否定している[7]。
[編集] プレースタイル
185cmの長身と頑丈なフィジカルを生かした守備が得意で、バヤリツァ本人は長所として空中戦の強さと優れた読みを挙げている[2]。ストイコビッチの“秘蔵っ子”ともいえる間柄で、ストイコビッチはバヤリツァを高く評価している[8]。
当たり強さに加えてスピードがあり[9]、テクニックもある[10]ディフェンダーと評価されている。守備力だけではなく、ボールコントロールが上手く攻撃に関わる能力も高い[10]。得点能力も高く、レッドスター時代には13試合で5得点を挙げた実績がある[11]。
ファールが多く、カードをもらいやすい。本職はセンターバックだが、右サイドバックでもプレーできる。精神面の波が激しく、ムラのある選手である。[要出典]
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| セルビア・モンテネグロ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2002-03 | OFK | ||||||||||
| 2003-04 | OFK | ||||||||||
| 2004-05 | OFK | ||||||||||
| 2005-06 | OFK | ||||||||||
| セルビア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006-07 | OFK | ||||||||||
| 2007-08 | レッドスター | ||||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2008 | 名古屋 | 3 | J1 | 26 | 0 | 7 | 0 | 2 | 0 | 35 | 0 |
| 2009 | 名古屋 | 3 | J1 | ||||||||
| 通算 | セルビア・モンテネグロ | ||||||||||
| セルビア | |||||||||||
| 日本 | J1 | 26 | 0 | 7 | 0 | 2 | 0 | 35 | 0 | ||
| 総通算 | 26 | 0 | 7 | 0 | 2 | 0 | 35 | 0 | |||
[編集] 脚注
- ^ a b 中日スポーツ (2008年1月22日). "ピクシー「優勝」するために帰ってきた きょう監督就任". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ a b c 日刊スポーツ (2008年1月24日). "秘蔵っ子DFバヤリツァがフル回転宣言". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2008年5月14日). "バヤリッツァ、昼間ハ苦手デス 生活習慣を改善中". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2008年7月16日). "バヤリッツァ、名古屋の暑さOK 30分遅らせ練習". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2009年3月27日). "名古屋DFバヤリッツァがチームに合流". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ a b スポニチアネックス (2009年6月9日). "ケネディ獲りに含み…名古屋「調査はしている」". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2009年7月14日). "バヤリッツァ2カ月ぶり合流 コンディションOK". 2009年7月20日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2008年6月14日). "<Pixyスタイル>5 バヤリッツァ デーゲーム克服へ食生活改善中". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2008年1月1日). "レッドスター所属バヤリツァを獲得 守りの要に「強くて速い」DF". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ a b 日刊スポーツ (2008年2月3日). "強い!巧い!DFバヤリッツァ大黒柱だ". 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2008年8月31日). "バヤリッツァ「ゴール決めたいな」 前クラブでは13戦5発". 2009年7月13日 閲覧。
[編集] 関連項目
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