バビロニア暦

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バビロニア暦(バビロニアれき、英語:Babylonian calendar)とはバビロニアなどの地域で使用されたメソポタミア文明の太陰太陽暦である。

春分の頃の新月の直後を元日とする。紀元前6世紀までは天文観察に基づいて作られ、春分の時期を正確に予測するため恒星 カペラの動きを観察していた。紀元前5世紀の初めより、19年が235ヶ月に等しいものとする周期を採用して作られるようになった。メトン周期の先駆とされる。バビロニア暦の月名はバビロン捕囚の時からユダヤ暦に採用された。年の始まりを春分とする前提によっており、イラン暦のような太陽暦と共通する一方、同じ太陰太陽暦でありながら中国暦とは違いが見られる。の起源は陰暦1ヶ月を4等分するバビロニアの祭日によるともいわれる。

メトン周期の先駆[編集]

紀元前5世紀の初めより約120年間、わずかな例外はあるが、19年が235ヶ月に等しいものとする周期によって暦の月数が決められた。これは、紀元前433年、ギリシャのアテナイで用いられていた太陰太陽暦(アッティカ暦)を改良するため、数学者メトン(Meton)によっても採用され、一般に「メトン周期」と呼ばれるようになった。その際、バビロニアの天文知識からこの周期を知ったのではないかとの推測もある。

週の前身[編集]

陰暦7日、14日、21日、28日の月4日が斎または祭祀の日とされた。それが変形してユダヤ人に伝わる7日周期すなわち週となったともいわれる。

関連項目[編集]