バディ・デフランコ

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Buddy Defranco
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基本情報
出生 1923年2月17日(91歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニュージャージー州キャムデン
担当楽器 クラリネット、バス・クラリネット

バディ・デフランコ(Buddy Defranco、1923年2月17日 -)は、アメリカニュージャージー州キャムデン出身のジャズクラリネット(clarinet)、バス・クラリネット(bass Clarinet)奏者。

彼はJAZZクラリネットによる表現の幅を拡大した。具体的に言うと彼は今までスウィングJAZZの花形楽器であったクラリネットをバップの領域まで進化させたと言っていい。プレイスタイルとしては多少スィング時代のプレイヤーたちから影響を受けているが、ほぼオリジナルと言っていい。最初はスィング系クラリネットプレイヤーだったが、バップの台頭とともにクラリネットの音数が増えて、色彩豊かなものとなった。1940年代から活動を始め、幾度かメトロノームオールスターズのメンバーとして選ばれた。

1950年代はプロデューサーであるノーマン・グランツでクレフ、ノーグラン、ヴァーブで数多くの吹き込みを行った。共演したアーティストはケニー・ドリュー、アート・ブレイキー、ソニー・クラーク、オスカー・ピーターソン・トリオ、ライオネル・ハンプトン、さらに、アート・テイタムとも共演した。また、グランツが企画したジャムセッションアルバム9枚のうちの4枚に出演した。ここで共演したミュージシャンを含めると、彼はグランツと契約したミュージシャンほぼ全員と共演したこととなる。また彼は、1度だけであるが、ノーマングランツのJATPにも出演した。彼の代表作はこの時期に制作された。

60、70年代にはあまり多くのリーダー作を残していない。この時彼はグレン・ミラーオーケストラで仕事をしていた。

80年代になると、再びノーマン・グランツのパブロレコードで数枚のアルバムを吹き込んだ。この時に録音されたアルバムHarkには彼の枯れない芸風が示されている。ボサノバやミッシェル・ルグランの曲にも果敢に挑戦し、JAZZクラリネットの表現の可能性をさらに高めた。

共演者はケニー・ドリュー(Kenny Drew)、アート・ブレイキー(Art Blakey)、ソニー・クラーク(Sonny Clark)、タル・ファーロウ(Tal Farlow)、アート・テイラー(Art Taylor)等が挙げられる。


1991年4月に来日公演が開催された。


参考文献[編集]

  • 『ジャズ管楽器 : バリトン・サックス/ソプラノ・サックス/クラリネット/フルート/トロンボーン他』 ジャズ批評編集部編、松坂〈ジャズ批評ブックス〉、2002年、74-75頁。ISBN 4-915557-12-X

関連項目[編集]