バックミンスター・フラー
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ジオデシック・ドーム(1967年モントリオール万博アメリカ館)
ダイマクション地図(陸地)
ダイマクション地図(海洋)
バックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller, 1895年7月12日 - 1983年7月1日)は、アメリカのマサチューセッツ州出身の思想家、デザイナー、構造家、建築家、発明家、詩人。
その生涯を通して、人類の生存を持続可能なものとするための方法を探りつづけた。 全28冊の著作によって、「宇宙船地球号」、エフェメラリゼーション、シナジェティックスなどの言葉を広めた。 デザイン・建築の分野でジオデシック・ドーム(フラードーム)やダイマクション地図、住宅のプロトタイプであるダイマクション・ハウスなど数多くのものを発明した。
晩年には世界中で講演し、また数多くの名誉博士号を受けた。しかし、その業績は然るべき評価を受けたとは言い難く、彼の発明のほとんどは生産されず、また関わったほとんどの分野(建築など)では厳しい批評に晒されるか、ユートピア主義者とされ無視された。
「炭素60」(C60)と呼ばれる炭素のクラスター状分子はジオデシック・ドームと同じ構造を持つことから、彼にちなんで「フラーレン」または「バッキー・ボール」と命名された。
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[編集] 年譜
- 1895年7月12日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ミルトンに生まれた。
- ハーバード大学に入学、中退。
- 1917年、アメリカ海軍に勤務。メリーランド州、アナポリスの海軍兵学校入学。船の航海中航跡の泡から直観を得る。建築家ジェームス・モンロー・ヒューレットの娘アン・ヒューレットと結婚。
- 1922年、ジェームス・モンロー・ヒューレット発明の「ストーケッド・ブロック」(軽量ブロック)製造発売を主とする会社を設立。同年、長女アレクサンドラ病死、失意により酒におぼれる。
- 1926年、事業に失敗、社長辞任。
- 1927年、次女アレグラ誕生。シカゴに移住。自殺を考えるもミシガン湖畔で回心。以後1917年の直観をもとに研究生活へ。「エネルギー/シナジー幾何学」をまとめる。
- 1930年、生命保険を解約しその資金で雑誌『シェルター』創刊。
- 1933年1月出資者の資金数千ドルによりコネチカット州ブリッジボードの元ロコモービル社工場を借り、27人でダイマクション・カーを開発開始。
- 1934年、シカゴ国際博覧会「進歩の世紀」で試作3号車展示。
- 1940年、バトラー社でダイマクション展開ユニット開発。
- 1944年、カンザス州ウィチタでダイマクション・ハウス「ウィチタハウス」制作実験。
- 1947年、ジオデシック・ドーム発明
- 1959年、南イリノイ大学カーボンデール校准教授に就任。
- 1983年7月1日、ロサンゼルスで死亡。88才。同年、妻アン死亡。
[編集] 著作
- 『宇宙船地球号操縦マニュアル 』(改題:宇宙船地球号)筑摩書房 ISBN 4480085866
- 『テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち』めるくまーる社 ISBN 4839700230
- 『バックミンスター・フラーの宇宙学校』めるくまーる社 ISBN 4839700389
- 『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』鹿島出版会 ISBN 4306040836
[編集] 関連書籍
- 『宇宙エコロジー―バックミンスター・フラーの直観と美』R・バックミンスター・フラー原著、梶川 泰司 著 美術出版社 2004年 ISBN 4568600324
- 『クリティカル・パス―人類の生存戦略と未来への選択』バックミンスター・フラー、 梶川 泰司 訳 白揚社 ISBN 4826900848
- 『バックミンスター・フラーの世界―21世紀エコロジー・デザインへの先駆』Jay Baldwin 原著、ジェイ ボールドウィン 著、梶川 泰司 訳 美術出版社 ISBN 4568600316
- 『フラーがぼくたちに話したこと』 R・J・ブレネマン編
- 『バックミンスター・フラーデザイン・ヒーローズ』マーティン・ポーリー 鹿島出版会 ISBN 4306093271
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Synergetics幾何学的な構成を持つ著書「Synergetics」のWeb版
- 適正技術研究会
- デザイン! What's design?バックミンスター・フラー特集

