バグラティ大聖堂
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バグラティ大聖堂
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| 英名 | Bagrati Cathedral and Gelati Monastery | ||
| 仏名 | Cathédrale de Bagrati et monastère de Ghélati | ||
| 面積 | 7.8700 ha (緩衝地域 11.2600 ha) | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (4) | ||
| 登録年 | 1994年 | ||
| 備考 | 危機遺産(2010年 - ) | ||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 使用方法・表示 | |||
バグラティ大聖堂(グルジア語: ბაგრატი; ბაგრატის ტაძარი, Bagratis tadzari)は、11世紀に建造されたグルジアの大聖堂である。生神女就寝祭を記憶している。
「生神女就寝大聖堂」も参照
イメレティ地方の古都クタイシに建てられた大聖堂で現在は廃墟となっているが、グルジアの中世建築史における傑作として伝えられている。
目次 |
[編集] 概要
クタイシ中心部の分かりやすいランドマークである大聖堂は、Uk’imerioniの丘の頂上に残っている。建造されたのは11世紀初頭のグルジア王バグラト3世(Bagrat III)の治世下のことで、バグラティ修道院(バグラトの修道院)の名はそこに由来する。北壁に残る碑文から、床石が横たえられたのは西暦1003年であったことが明らかになっている。
1692年にイメレティ王国(Kingdom of Imereti)に侵攻したオスマン帝国軍の砲撃により、大聖堂は大きく損なわれ、丸屋根や天井も崩落し、現在の姿になった。
この大聖堂の保存と修復、および建築学上の研究は1952年に始まり、1994年にはゲラティ修道院とともにユネスコの世界遺産に登録された。2001年にはグルジア正教会の聖堂へと戻された。現在は奉神礼のための限定的な利用にとどまっているが、巡礼者を惹きつけている。同時に、観光客を惹きつける名所のひとつとして、クタイシ市全体のシンボルになっている。
[編集] 世界遺産
1994年に「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」として、世界遺産に登録された。登録にあたっては、これらの建造物が中世グルジアの建築水準を例証するものである点が評価された。
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター[1]からの翻訳、引用である)。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
[編集] 危機遺産
世界遺産としての真正性と完全性を損ねかねない再建計画の存在を理由として、2010年に危機にさらされている世界遺産リストに登録された。世界遺産委員会は計画の即時撤回を求めた[1]。
[編集] 脚注
| 文化遺産 | |
|---|---|
| ムツヘタの歴史的記念建造物群 | バグラティ大聖堂とゲラティ修道院 | 上スヴァネティ | |
| 世界遺産 | ヨーロッパの世界遺産 | グルジアの世界遺産 | | |