バガボンド

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バガボンド
漫画
作者 井上雄彦
出版社 講談社
掲載誌 週刊モーニング
発表期間 1998年 - 連載中
巻数 30
テンプレート使用方法 ノート
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バガボンド』は井上雄彦による青年漫画作品。原作は吉川英治の『宮本武蔵』。1998年からモーニングで連載が開始され、単行本は2009年5月現在30巻まで刊行。国内累計発行部数は5000万部以上を記録している。

目次

[編集] 概説

剣豪宮本武蔵主人公とし、戦国末期から江戸時代の転換期、剣の時代の終わりがけを舞台にその青春期を描く。巨大な歴史の転換点で、出世の夢が破れた武蔵が剣士として自己を確立しようともがく様、また巌流島での武蔵と決闘したことで有名な小次郎を筆頭とする、武蔵と関わった複数の武芸者について描れている。

吉川英治の小説『宮本武蔵』が原作となっているが、武蔵の実姉が描かれていなかったり、佐々木小次郎聾唖者(ろうあしゃ)であったりと、キャラクターや物語には井上独自のアレンジが大きく加えられている。表題も原作名である『宮本武蔵』ではなく『バガボンド』となっている。ちなみに、題名の「バガボンド(vagabond)」とは英語で“放浪者”、“漂泊者”という意味である。『宮本武蔵』という題名にしなかったのは、作者が、読者の読む前の先入観・好き嫌いを持ち出されるのが嫌だったのと、過去に実在した人物を好き勝手に描くのは後ろめたさを感じたからである[1]

また、「一コマが一つの絵画として完成している」と評価されるなど、井上の画力には定評がある。当初井上は当時の服装である着物の描写が思うようにいかず、体の線が出にくいため、特に戦闘時に不自然さが現れてしまう事について悩んでいた。考えた末に井上は登場人物が裸の状態を下描きの段階で一度書き、その上で着衣を描き込むといった手間のかかる手法によって、この問題を解決した[2]。その為、本作品では通常の倍近い作業を要している。さらに、ペンでの描写に限界を感じたことをきっかけに、場面全体の雰囲気を変えるため、また鐘巻自斎の汚らしさ等を表現するために、いわゆる「小次郎編」開始時から作品途中にして完全に筆のみによって描画するようになった[3]

また、単行本ではカラーイラストが再現されている。

[編集] 受賞

[編集] ストーリー


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


[編集] 第一章 宮本武蔵編

1600年新免武蔵(しんめんたけぞう)は幼なじみ本位田又八に誘われ、立身出世を望んで故郷の村(作州・吉野郷宮本村)を出たが、関ヶ原の戦に敗れた。落人狩りから逃げる途中、そこを近くに住む母娘お甲朱実に救われ、しばらくかくまってもらう。そこで母娘のもとにのりこんできた野武士・辻風組の頭領、辻風典馬を倒して自分の強さに自信を持ち、流浪の身として天下無双を目指す事を決意する。故郷に戻るつもりは無かったが、共に出奔した親友・又八が行方をくらまして女と逃げた事を伝えるために一旦村へ戻ると、残党狩りという名目で村人達から非情な迫害を受ける。母の愛情も知らず、父には命を狙われ、村人には鬼の子として忌み嫌われ、ただ殺し殺される人生に生きる意味を見いだせずにいたが、沢庵に自分の存在を認めてもらい、再び剣の道に生きる志を立て、名乗りを「宮本武蔵」に改め、流浪の旅に出る。又八に裏切られ、お杉おばばに逆恨みされ、居場所をなくした武蔵と又八の幼なじみであるおつうもまた、沢庵とともに村を出た。

4年後、天下無双を目指し、まず京に上った武蔵は大胆にも京で最強と謳われる吉岡の道場に単身乗り込んだ。道場の留守を預かる植田良平に言われるまま五人の弟子を打ち破るものの、当主・清十郎には相手にもされず、額に真一文字の傷を負い格の違いを見せられる。それでも試合を申し込む武蔵を無視し、色町へと繰り出した清十郎を追おうとした武蔵だが、弟子の敵を取ろうとするその弟の伝七郎に引き止められ、命を賭して戦う。両者一本ずつ奪い合い、互いに満身創痍の二人だが、道場に忍び込んでいた又八の不注意による火事のせいで試合は中断を余儀なくされた。二人は一年後の再戦を約束し、武蔵は吉岡のもとを去った。

吉岡を去り、倒れた武蔵を介抱したのは沢庵だった。吉岡に勝利することが出来なかった武蔵だが、心を満たしているのは吉岡に対する憎しみではなく、自分よりも強いものがいることを知った喜びであった。武蔵は一年後の再戦を目標に修行の旅に出ることを決意する。しかし、生死の淵をさまよった時から武蔵の心に浮かび、惑わすのはおつうの姿であった。沢庵の導きにより武蔵は自らがおつうを慕っていることを認め、自分を師匠と慕う少年城太郎を連れ、おつうのいる柳生の城に行く前に宝蔵院を目指すことに決める。

「槍の聖地」に君臨する宝蔵院胤栄を倒そうと宝蔵院へ向かう武蔵。道中武蔵は、道を尋ねようとした一人の老僧の一瞬の殺気にたじろぐが、武蔵の感じた殺気は武蔵自身の殺気、今の姿は不細工と罵られる。翌朝、本殿へ出向いた武蔵はまず阿厳を倒す。その戦いの様子を見ていた吉岡の刺客、祇園藤次と相対するが、そこに胤栄の跡を継ぐ、二代目・宝蔵院胤舜が現れる。しかし、圧倒的な胤舜の実力に今まで味わったことのない“恐怖’’を感じ無様に逃げ出した武蔵は、自らの強さを過信していたことに気付き、己の卑小さに絶望した。武蔵は老僧、もとい胤栄に師事を請い、心を鍛える為に山に籠もる。己を見つめ直すことと胤栄との修行で心の充実を手に入れた武蔵は胤舜と再戦、長い対峙の後、紙一重の差で勝利を手にする(胤栄により1勝1敗のため引き分けとされる)。宝蔵院から旅立つ際、胤栄から服と刀をもらい、武芸者らしい身なりとなった。

一方、又八はヒモ生活から再出発せんと城の石垣積みとして働いていた。しかしひょんなことから死に行く武芸者に、「佐々木小次郎」と名が記された中条流印可目録を託される。遺族に届けようと大坂を訪れた又八は、たまたま出会った浪人赤壁八十馬に軽い気持ちで「佐々木小次郎」の名を騙る。小次郎の名に平伏され煽てられた又八だったが、仕官の世話をしてやると八十馬に騙され有り金全てを奪われてしまう。怒った又八は八十馬と一騎打ちをし、自身の心に苦戦しながらも勝利を納める。そして近くの旅館で「佐々木小次郎」として用心棒になることになった。小次郎の雷名を最大限に利用し肩で風を切って暮らすが、武蔵とおつうを討たんと旅する母・お杉と権叔父と再会してしまう。その場は何とか言い繕ったものの、武蔵とおつうが連れ添って旅をしているという誤解と武蔵の近頃の評判を聞いた又八は仇討ちの旅に同行する。

次に柳生の城に向かった武蔵は、“剣聖”柳生石舟斎打倒を目指し、「一対一城の合戦」を挑む。多くの武芸者を門前払いしてきた柳生の城への侵入に成功し、柳生四高弟との戦いを抜け、ついに石舟斎の屋敷に辿り着くが、そこで武蔵が出会ったのはおつうだった。おつうの助けもあって石舟斎の寝室に忍び込むことに成功し、寝込みを襲おうと、剣先を突きつけるものの、孫の手一本でかるくあしらわれてしまう武蔵。そのあまりの実力差に己の器の小ささを改めて感じ、自らの非礼を詫び、その場を後にした。旅支度をしたおつうを見かけ一瞬心揺らぐ武蔵であったが、城太郎を彼女に預け一人で次の目的地と出発する。

又八は仇討ちの旅に嫌気がさし二人から逃げ出すも、自身のイザコザに権叔父を巻き込んでしまい死なせてしまい、お杉婆は一人はぐれてしまう。

その後さらに武者修行を続け、鎖鎌の達人・宍戸梅軒を探す武蔵。そこで出会ったのは、盗賊宍戸梅軒を倒し、その名を改めたかつての辻風黄平であった。鎖鎌という異形の武器を相手に、宝蔵院、柳生と己の全てをぶつけた戦いのあとに心の隙間が生じており、死に対する覚悟も無く戦いに挑んでしまい、苦戦する。しかし、戦いの中で父・新免無二斎の陰を克服し、その父の得意とした十手術を土台に編み出した二刀流により黄平の鎖鎌に打ち勝った。指を切り落とされ、二度と刀を握ることの出来ない体にされた黄平であったが、「殺し合いの螺旋を降りられる」と安堵し、武蔵に血止めを求め、命乞いをする。それを目の当たりにした武蔵は剣に生きることの意味に懊悩し、その場を立ち去るのだった。

[編集] 第二章 佐々木小次郎編

時は関ヶ原の戦いから17年前へとさかのぼる。

越前の片隅で生きる気力を無くし暮らすかつての剣豪・鐘巻自斎に長刀と共に拾われた聾唖の赤ん坊佐々木小次郎。小次郎という生きがいを得た自斎は不器用ながらもまっすぐな愛情を注ぎ育て、小次郎も自斎を敬愛し、二人は血のつながりはなくとも親子のような関係を築いていった。

9歳となった小次郎は自らを草薙天鬼と称する村のガキ大将亀吉と友達になり良きライバルとして互いに切磋琢磨し剣の腕を磨いていく。そんな折、自斎の元を村の村長が訪れ、村の守り神として傍若無人な振る舞いを繰り返してきた不動幽月斎を討って欲しいと頼まれる。一方、父親の腕を切り落とされた亀吉は小次郎を誘い不動を討とうとするが、亀吉は返り討ちにあい、小次郎も一刀の元に不動の右腕を切断するも不動に自らの長刀を奪われ小次郎もまた恐怖を前に膠着してしまう。そこに自斎が間一髪で間に合い、右腕に深い切り傷を負うもかつての剣を思い出し不動を討つ。不動を討つ自斎を目にし、小次郎は彼に剣の道を師事してもらおうと心に決めるのだった。

自斎に剣を教わろうと毎日勝負を挑む小次郎。自斎には軽くあしらわれながらもメキメキと上達し、成長していく。17歳になり恵まれた体躯を手に入れる。そんな折、自斎凋落のきっかけとなったかつての弟子・伊藤一刀斎が自斎の前に姿を現す。一刀斎は小次郎の本質を即座に見抜き、剣の道へと誘おうとする。しかし、剣の道に敗れた者がいかに惨めな末路をたどるか我が身をもって知っている自斎は良しとしない。小次郎のことをあきらめきれない一刀斎の前に、武者修行をしていた若き伝七郎と植田らが現れ、一刀斎は小次郎にけしかける。好奇心のみで人を斬ろうとする小次郎とそれに怯える伝七郎。一刀斎は小次郎に恐怖を植えつける。それをも超える楽しみで尚も戦おうとする小次郎を前に、伝七郎は自らも人を斬ることに対する優しさを必死に捨てる。紙一重の差で伝七郎に勝利した小次郎を見た自斎は、小次郎の剣に生きる運命を思い知り、彼を一刀斎に預ける決意をする。

一刀斎と旅を続ける小次郎。途中、一刀斎に「天下無双剣・巖流佐々木小次郎」という登り旗を作ってもらう。すると旗を見た腕自慢の強者と戦いを挑まれるようになる。「兵法天下一」を掲げる若者夢想権之助を仲間にし、一同は戦見物をしようと関ヶ原を訪れる。戦はすでに西軍の敗北に終わっていたが、そこで小次郎は武蔵に運命の邂逅を果たす。残党狩りにやってきた東軍を相手に小次郎と武蔵は大立ち回りを繰り広げる。

関ヶ原を後にした一刀斎ら三人は、山の中で残党狩りにあいみぐるみをはがされた武士の死骸を目にする。ふと気がつく権之助。「オレたちも落人に見えなくもないのでは・・・?」。一刀斎は小次郎の育て方は自分がやってきたようにやらせるだけと、一人小次郎を残し足早にその場を去る。関ヶ原の残党と思われた小次郎は一人、大勢の村人を相手に戦いを始める。

時を同じくして、小次郎がいる崖の下には落武者たちがいた。生きて大阪の土を踏む為、残党狩りの猛攻に遭い満身創痍になり仲間を失いながら進む。最後の山にさしかかった時、その頂で出会ったのは、一人だけで戦い抜き疲れ果てた小次郎。残党の中の一人、最年長の定伊は一人残り対決することにした。終始小次郎を圧倒する定伊だが、勝ったのは長い戦いの末に死に対する臆病さを手に入れていた小次郎であった。定伊の死を目の当たりにした巨雲市三、思わず剣を抜く。しかし心に浮かんでくる復讐心は次第に薄れ、強者にであえた喜びと期待ばかりが膨らんでいく。弟である市三の一瞬での死を目の当たりにした新二郎は戦いの中に喜びを見出していた小次郎と巨雲に恐怖する。巨雲は小次郎との戦いのなかで次第に技の改善が成されていく互いに喜び、出会いに感謝をした。戦いが終わり、小次郎の前には言葉はなくとも親友となった巨雲が静かに横たわっていた。小次郎は巨雲の死を一人悲しみ、涙を流した。

[編集] 第三章 吉岡一門編

小次郎編から約5年後の1604年暮れ、舞台は京に戻る。

武蔵と小次郎はそれぞれ京に入った。武蔵は橋の袂に立てられた伝七郎との再戦の立て看板の前で清十郎と再会をする。清十郎との試合を再度望むが「一年前のほうがもう少し大人だった」とあしらわれる。武蔵は再戦を受けたしるしとして看板に手形を残す。植田は四年前、伝七郎を圧倒したあの小次郎も京にいることを知る。一方いまだ燻っている又八は騙し取った金で暮らすも自らのことを佐々木小次郎と名乗る日々に疲れ、孤独をかみ締めていた。

伝七郎との再戦まで九日となり、今から興奮が抑えられない武蔵。矢も盾もたまらず、大晦日の晩に旅籠を飛び出す。期日を待ちながら一人戦うことの意味を模索していた。その時、除夜の鐘が鳴り響き新年が始まったことを知る。同時刻、吉岡の道場では伝七郎が初稽古を迎えていた。つい力が入り吉岡十剣がひとり、太田黒の右腕の骨を砕いてしまう。太田黒は使い物にならなくなった右腕を伝七郎の為に差し出す。吉岡一太いその腕を見事に両断した伝七郎は高揚し、兄・清十郎に稽古をつけてもらおうと道場で待ち続ける。場面は戻り、寒さから焚き火をしていた武蔵の背後には清十郎が立っていた。不意打ちをかわされ、仕方なく正々堂々と正面から武蔵を斬ることを決めた清十郎。しかし、武蔵の成長に驚き、一瞬自分が斬られる姿を目に浮かべる。一の太刀を浴びせようと構えた清十郎の脳裏に浮かんだのは自らが背負った吉岡の面々の姿であった。清十郎を斬るためだけの体となった武蔵の一閃の前に清十郎は倒れる。

道場で夜を明かした伝七郎。帰ってきた兄は最早兄ではなかった。雪が降りしきる中、傷を負った武蔵は本阿弥光悦に出会い、手厚い手当てを受ける。三日三晩傷を癒す為眠り果てる間に、京の街中では武蔵が清十郎を斬った、という噂で持ちきりとなった。吉岡の面々はいきり立ち、又八、おつうもまたその噂を耳にし、どこまでも昇っていく武蔵に驚愕する。目覚めた武蔵は再戦の場である蓮華王院の下見に出かける。その帰りちょうど伝七郎と鉢合わせをする。剣を抜こうとする植田をたしなめ、静かに応対する伝七郎。その様子に激昂する一人の男、かつての艶やかな姿が消えうせた祇園藤次だった。清十郎の仇に飛び出した藤次だったが、吉岡十剣一の面影も失われ、片目の武蔵の一振りで倒れた。武蔵の強さを再確認した植田はその夜ある決断をする。吉岡の看板を降ろさせないためにも武蔵と伝七郎の戦いに代役を立てる。その目蓋の裏に浮かんだのはかつて砂浜で伝七郎を圧倒した佐々木小次郎であった。

佐々木小次郎を代役に立てることにした吉岡十剣が一人・御池たちは京のどこかにいる小次郎を探していた。その途上、立ち寄った居酒屋で巖流佐々木小次郎と名乗る声を耳にする。それは、武蔵と自分の落差に荒れ、酒を飲む又八であった。一年前道場を燃やした又八を捕まえ近くの草原でいたぶっている御池の前に、本物の佐々木小次郎が現れた。剣士としての第六感を刺激された御池は思わず剣を抜き、そして小次郎に斬られた。御池とともにいた吉岡の面々も思わず剣を抜くが、間に入ったのは又八だった。いきり立つ吉岡の面々をたしなめ必死の説得の末どうにか小次郎を吉岡の道場に連れて行くことに成功する。悪知恵を働かせた又八は自らを佐々木コージロウ、唯一聾唖の小次郎と心を通わせることの出来る人物と名乗り、小次郎の機嫌をとる為に酒や肴を図々しくも所望した。又八は小次郎の相方を名乗ることで自分も武蔵のように成り上がっていくつもりであった。しかし、事態を把握していない小次郎は翌朝、目を覚ますと元の巣へと帰っていってしまったのだった。

又八と小次郎が草原で偶然であった頃、伝七郎と植田は道場で言い争っていた。植田が勝手に代役を立てることは自らの敗北を悟っているのではないかと激昂し、思わず手を挙げる伝七郎。自分の勝利を信じていてくれないことにかすかな衝撃を思えた伝七郎は近頃の不眠や疲れから熱を出し倒れてしまう。道場に行き、他の門人と汗を流しているところに又八が小次郎を連れてきた。御池が斬られたと知り、また又八の図々しさに激昂する門人をなだめ、小次郎の剣を伝授してもらうとのことで小次郎の身柄を確保することに成功する。その夜、十剣とは名ばかり、もはや七剣の密かな会合の中で、武蔵との決闘の日までは自らに従って欲しいと懇願する。翌朝、熱の引いた伝七郎と再び語り合う植田であるが、代役のことを伝七郎はどうしても承知してくれない。師である先代の道場主、吉岡拳法と同じ伝七郎の愚直さを引き合いに出すも、伝七郎は折れなかった。そして、伝七郎は静かに言い放った。「今日限り破門」の一言。植田をもう一人の兄と慕っていた伝七郎の苦渋の決断であった。

[編集] 登場人物

[編集] 主要人物

宮本武蔵(みやもと むさし)
新免無二斎の息子。作州「宮本村」浪人。バガボンド第1章・3章における主人公。
初名は新免 武蔵(しんめん たけぞう)
父の下、武芸者の子として人の温もりを知らずに育つ。大柄な体躯と人並み外れた腕力・殺気の持ち主で、破天荒な行動から周囲との齟齬が絶えず、孤独になりがちであった。しかし、おつうや又八などの気心の知れる者たちには小さい頃から心を開いている。本来は真っ直ぐで思いやりのある心の持ち主で、同時に物事の本質を見抜く繊細さも持ち合わせている。しかし、性根がまっすぐなだけに思考が短絡的、直感的であり、一度覚えた殺気や興奮を直ぐには収めることが出来ない。剣は我流で身に付けたものだが、強いて言うなら「山が師である」と言うほど山に育まれてきた。
関ヶ原から宝蔵院までは粗末な着物と木刀を身につけていたが、胤栄から服と刀を二本貰ってからは随分まともな格好になった。清十郎に額の二つの傷を、伝七郎に左胸から右腹にかけて大きな傷を、胤瞬に右頬の大きな傷を、東に左顎の傷を付けられ、また吉岡門弟に左耳をかじられた。
13歳のとき武芸者と決闘して勝利(作中の描写ではほとんど不意打ちであったと考えられる、相手は死亡)するが、“悪鬼”と周囲から忌み嫌われ一層孤独を深めた。17歳の時、関ヶ原の合戦に西軍方として出陣するも敗戦。合戦場から宮本村に戻る際に関所を破り追っ手の兵や村人を多数手にかけた。そのため沢庵に捕縛され、「人の命の大切さ、それに気づかぬ自分の弱さ」を強く諭され、それと引き替えに命を救われる。ここから名を宮本武蔵と改め、剣の道において天下無双を目指し始める。
手先が器用で、山篭りの際に自分で木刀や木彫りの仏像を作ったり、沢庵の頭にイタズラをしたりする。
一流の人物たちとの出会いを通じて、作中後半からは人間的厚みを持つようになる。
佐々木小次郎(ささき こじろう)
鐘巻自斎の弟子・佐々木佐康の息子。巌流の開祖。バガボンド第2章における主人公。
赤ん坊の頃、佐康の手紙を携えた数人の従者とともに落城した城から小舟で落ち延び、漂着して鐘巻自斎に育てられる。童顔で切れ目が特徴。女好きでもある。山で育った武蔵とは対象的に海で生まれ育ち、泳ぎも得意。大柄(劇中では伝七郎並の最長身)で聾唖であるが、そのハンデなど感じさせないほど、太刀や相手を見る目「第六感」が非常に発達している。「アー」「ウー」と喃語を話すが、唯一自身を育てた自斎を表し、「ギアイ」と口にした。
幼少時代には一緒に舟に積まれていた形見の長剣を肌身離さず持っていた。自斎および伊藤一刀斎に師事(自斎は「剣は教えぬ」と言いつつ実質的に一流の剣士として育てた)。強者を呼び寄せ、実践を通して小次郎を鍛えるため、”強そうに見える”との理由で一刀斎によって巌流の名を掲げることになった。
本位田又八(ほんいでん またはち)
武蔵の幼馴染。作州「宮本村」浪人。バガボンドにおける第3の主人公。武蔵や小次郎の影となり、第3者からの目線として物語に大きく関わっている。
お杉の子ではなくの子。宮本村時代には武蔵と好んでつるんでいた。戦で名を挙げようと武蔵を誘い、村を出るきっかけを作ったのも又八である。
他の武芸者らと比べ、臆病でより人間らしい性格だが、村にいた頃には武蔵と唯一相手が出来る程の剣の腕を持っていた。
決して弱いわけでもなかったが、急速に頭角を現していく武蔵に水をあけられる形になっており、時おり嫉妬心をあらわにする。
ひょんなことから本来小次郎に手渡されるはずだった印可目録を手に入れ、それを悪用して佐々木小次郎の名を騙るようになった。口八丁で要領の良い部分も見えるが、行動はおおむね場当たり的で定着性がない。こすい所はあるものの悪人というほどではなく、小心者である。自らを強く・大きく見せようとすると同時に、英雄・豪傑に類する人物への憧れも強い。お甲と交わってからその味を占めたのか、女好きであり、小次郎の名を利用して貰った金でしばしば女を買っている。
当初は貧乏浪人らしい汚い身なりだったが、天鬼の持ち金を手に入れてからは特徴的な前髪を垂らした髪型に変え、華やかな当世風の着物を着るようになった。
吉岡伝七郎との戦いの後で瀕死の武蔵を茶屋に運んで助けたり、武蔵と宍戸梅軒の戦いに乱入したり、吉岡一門との戦いで倒れた武蔵を寺に運んだりと、武蔵としばしば関わっているが、武蔵は又八であると気づいていない事が多い。
酒と女を覚え、詐欺を働いてきた都の日々を振り返る中で、自身が欺瞞や虚栄で塗り固められた人間であると強く恥じており、誰よりも自分の弱さを自覚している男でもある。
沢庵宗彭(たくあん そうほう)
姫路城城主の池田輝政や柳生石舟斎など様々な有力な人物と人脈を持つ僧。
国と国とを放浪している。僧籍に身を置いているので自ら武器を持つことはないが兵法にも長けており、胆力では辻風黄平ですら圧倒するほど。武蔵のことに気にかけ、しばしば彼に道を説いてやる。石舟斎とは三玄院で宗矩をきっかけに知り合った。
また、若かりしころ、幼少の小次郎に会い、剣の恐ろしさを小次郎の腕を剣で傷付ける事で伝えている。
坊主の癖に酒を好み、また口も悪い。
おつう
武蔵と又八の幼馴染で、彼らの想い人である美女。捨て子だったのを寺で育てられ、又八の許婚としてお杉おばばに目をかけてもらっていた。
天真爛漫を絵に描いたような性格で無邪気。しかし田舎育ちがゆえか礼法が判っていない。その屈託のなさゆえに誰からも嫌われていた武蔵の孤独を理解し、本人も気づかないまま想いを寄せるようになった。整った美貌と快活な性格から、誰からも好かれるが、お杉からは強く逆恨みされている。
武蔵が天下無双を志して再び宮本村を出る決意をした際には同行しようとしたが、修行の邪魔になると拒否された。とはいえ又八との許婚関係を解消した行きがかりからお杉おばばに恨まれ村に留まる事もできず、沢庵の勧めで柳生家に世話になる。石舟斎の世話係として、彼の心の支えとなり、柳生の人々からも慕われるようになる。その後、柳生で武蔵と再会をしたことで、柳生の元を離れ、城太郎と共に再び武蔵を追うようになった。柳生のもとで石舟斎直々に護身の為の武術を教わり、柳生傘の紋が入った短刀を授かっている。しかしながら武蔵と一緒に旅をしたい訳ではない様で、武蔵を見つけても声すらかけず、武蔵を見守っていたい様である。
城太郎(じょうたろう)
武蔵の弟子」と名乗る少年。奉公先の主人に武蔵の弟子になれと半ば追い出された。
当初武蔵には「弟子などつくれぬ」と拒否されたが、身寄りがないことを知った武蔵に共に強くなろうと弟子になることを許された。胤舜との戦いのさなか逃げ出した武蔵の姿をみて、逃げ方を教わりたくはないと一度弟子をやめて去ったが、柳生へ旅をはじめる際、武蔵の方から声をかけられ再び旅を共にした。しかし柳生ではぐれ、おつうと共に武蔵を追う旅を続ける。
幼少時代の武蔵に言動が似ている。武蔵の手紙を柳生に届ける際には、「手紙を受け取らないならおいらを斬れ」と言うほど、武蔵に対しての憧れ・忠誠は強い。また、それだけの胆力の持ち主でもある。おつうからは「たろちん」と呼ばれている。
風呂につかるのは嫌いでいつもカラスの行水である。また、柳生の近くの旅籠で奉公をしている女の子に淡い恋心を抱いている。
お杉おばば(おすぎおばば)
又八の母親。又八に対する愛情は盲愛と言えるほどに深く、村の名士である本位田家への強烈な自負心ともあいまって、著しく偏狭なものの見方をし、また非常に図々しい。
汚らしかった武蔵のことを、もともと彼女は良く思っておらずに、武蔵(たけぞう)のことを“悪蔵(あくぞう)”と呼ぶ。それに加え、又八への強烈な愛情から来る逆恨みにより、武蔵とおつうは彼女にとって憎悪の対象となっている。又八と再会し、武蔵たちに復讐するために権叔父とともに旅に出る。
武蔵がうわさになる度に誰彼かまわず武蔵の悪口を言いまわっている。
"又八"の名の名付け親でもあり、周囲から鬱陶しい偏屈者と見なされることが多い中、女で一つ、又八を育て上げた気丈な母親であり、又八の最大の理解者でもある。

[編集] 武芸者

新免無二斎(しんめん むにさい)
武蔵の父であり師である。御前試合にて吉岡拳法を降し、時の将軍、足利義輝から「日下無双兵術者」の称号を得た武芸者。しかし天下無双という名にとらわれ、その地位を脅かす者の出現を恐れるようになる。その為「周囲は皆敵である」という疑心暗鬼に陥り、息子の武蔵にもそれが向けられた。消息不明。
攻防一体の十手術を得意とし、それは二刀流として息子の武蔵にも受け継がれた。
辻風黄平(つじかぜ こうへい)
通称、「死神」。幼い頃、母に捨てられ滝へと落とされたが、自身も捨てられた過去を持つ兄・典馬に救われて一命を取り留め、兄が頭領である犯罪集団「辻風組」の一員なった。剣の天分もあり、すぐさま悪事に手を染めたが、その過去から兄である典馬を初め、誰にも心を許そうとはしなかった。12歳のある日、女を強姦しているところを典馬に目撃されて怒りを買い、暴行を受け性的不能者にされた。このとき、12歳ながらに“人の命は無価値”だと悟り、以来その恨みから典馬の殺害を企てるようになる。殺害に失敗し、幽閉されたのち、関ヶ原の戦乱のなか自由になるも、元辻風組員から「典馬は『たけぞう』に殺された」と告げられ、目的を失った黄平は、代わりに武蔵を殺害しようと追い始めた。
旅の旅籠で知り合った女娼が小次郎と仲良くなっていることに嫉妬し、その女娼の右目を斬り、小次郎にも斬りかかるが返り討ちに合い、顔面に深い傷を残す。
自らの存在価値を見いだせずに放浪していたが、親の愛情を知らず、同じく戦いに巻き込まれ、生きる意味を知らない宍戸梅軒の遺児・龍胆(後述)に自分を重ね、共に暮らし始める。隙あらば龍胆に鎖鎌で命を狙われるという奇妙な生活を続けるうちに鎖鎌を修得し、いつしか今までとは異なる生きる意味を見いだしていく。
4年後、宍戸梅軒を求めて訪ねてきた武蔵と偶然再会し、新たに修得した鎖鎌で武蔵と死闘を繰り広げたものの破れ、指を切り落とされ武芸者として再起不能の体となるが、これでやっと「殺し合いの螺旋」から降りられると安堵する。その際、戦いに乱入してきた又八が投げた鎖鎌から自らを盾に龍胆を守り、さらに重傷を負う。しかし、龍胆と共に暮らしていく為に、武蔵に命乞いをし手当てを受け一命を取り留めた。
武蔵の回想場面において、手当て後、再び宍戸梅軒宅に戻った武蔵が、手当ての甲斐なく死亡した黄平の遺体を目撃した描写が掲載された。
宍戸梅軒(ししど ばいけん)
鎖鎌を操る低俗な盗賊であった初代は辻風黄平により殺害される。武芸者として恐れられていた梅軒は辻風黄平であった。
不動幽月斎(ふどう ゆうげつさい)
自斎や小次郎が住む地域の村で不動明王の使いを自称する謎の剣士。
かつて海賊から一人で村を守り、「守り神」として崇め恐れられたが、その後は、村の娘が14歳になるとさらう、貢物を奪う等したため独裁者として疎まれるようになった。刀傷だらけの上半身裸の格好をしており、歪んだ目と顔を持ち、常に聞き取りにくい独り言を漏らしている。長く重い太刀を片手で自在に振るい自斎を驚かせ、剣士としての腕は自斎に認められるほどであったが、自斎に斬られ絶命。小次郎が初めて斬った相手でもある。自斎はその剣の腕から、「もっと世に知られた違う名があったのではないか」と推測を立てた。

[編集] 吉岡流

古くからに栄えている、自らのすべてを「一(ひとつ)の太刀」に込めることを極意とする剣の名門。 吉岡拳法の跡を継いだ吉岡清十郎が当主。名を笠に着て幅を効かせていることや、当主清十郎の放蕩により、住民からは陰口を叩かれている。 武蔵とこの吉岡とは、清十郎への挑戦、伝七郎との約束、そして門弟からの憎悪によって長き死闘を繰り広げることとなる。

吉岡 拳法(よしおか けんぽう)
先代吉岡流当主。
清十郎・伝七郎の父。故人。『扶桑瑞一之者』と号を称していた。上方での剣腕は柳生石舟斎と並ぶ実力者であった。自分に似て愚直な伝七郎ではなく清十郎を後継者に選び、遺言に『十度闘って十度勝てる相手としか闘うべからず』と遺して他界。「勝負に追いて次はない」ことを門弟に叩き込む。武蔵の父・新免無二斎に敗北を喫したことがある。
吉岡清十郎(よしおか せいじゅうろう)
吉岡拳法の長男であり、吉岡拳法道場の当主。吉岡四強の一人。
小柄で清涼な顔立ちの美男子。事実上、京最強の剣士で、剣に関しては幼少から天才と呼ばれるほどの天稟を持ち、また剣士としての非情さを兼ね備えている。小柄な身体は全く弱みにならず、繰り出す剣は常人の目には映らない。
遺言に従い吉岡家の当主となるも、自らの本能にのみ従う奔放な性格の持ち主。酒・色を好む遊び人で、吉岡家と自身の名を穢すのに一役も二役も買い、その武士らしからぬ風貌・振る舞いから、弟・伝七郎の方が実力は上だと一般に認識されていた。しかし影では吉岡家や実弟・伝七郎を危険から守るために、吉岡家にとって害となす人物を秘密裏に暗殺するなど、当主として家を守ろうと常に奔走していたらしい。
吉岡一門の命運を賭け、伝七郎との対決を控えた武蔵を襲撃する。だが、激戦の末、武蔵の神速の剣を受けて凄絶な最期を遂げた。
京で知り合った朱美のことを気に入っており、足繁く通っていた。
吉岡伝七郎(よしおか でんしちろう)
吉岡拳法の次男。吉岡四強の一人。
長身で無骨な外見であり性格は極めて厳格で真面目。妻子持ち。武門の子として愚直なまでに剣に情熱的だが、非情になり切れない優しい一面を持つ。しかし、その愚直さは清十郎には無い面で、門弟に慕われる要因となっている。遊び人の兄・清十郎が吉岡の当主であることを不愉快に思っているが、深層では兄を慕っている。かつては、拳法の息子であることを唯一の拠りどころとし、相手を威嚇すべく自らの出自を明らかにしていたが、青年期の佐々木小次郎との戦いを通し、覚悟や相手を斬る心構えを身につけた。
武蔵が初めて吉岡道場に乗り込んだ際、武蔵を相手に互角以上の戦いを演じるも、放火事件のせいもあってか、再戦の機会を与えて逃した。
蓮華王院にて武蔵との決闘に完敗。しかし、最後の最後まで武蔵を斬るためにすさまじい執念をみせた。

以下、吉岡十剣。

植田良平(うえだ りょうへい)
吉岡十剣の筆頭にして吉岡四強の一人。
元は捨て子だが拳法に拾われ、門弟・植田氏の養子となる。その後は、熱心に剣に打ち込み、吉岡兄弟の幼馴染となり、「三兄弟」の様な親密な関係を築いた。伝七郎と行動を共にすることが多く、後見的立場を務める。
道場を実質的に切り盛りし、「実力は両当主にも引けを取らない」「当主を立てるために一歩引いていた」と言われる程の手練で、「吉岡の魂」と称されるほど吉岡にとって欠かせない人物。基本的に冷静な男で、時として狡猾な手腕も見せる。しかし、それも吉岡を強く想うがこそであり、内に秘める情熱は誰にも劣らず、時には自尊心をも曲げるほどである。
武蔵と伝七郎の再戦の前に、なんとしても吉岡の名を守るため、小次郎を代役に立てようと画策する。しかし、そのことで伝七郎と意見が対立し、一時的に吉岡を破門される。
吉岡兄弟亡き後、伝七郎からの遺言により当主の座を継ぎ、一門を率いて武蔵に挑む。だが、吉岡一門対武蔵の戦いでは開始早々に右側頭部を耳ごと斬り落とされ、瀕死の重症を負った。戦いの最後には、自らの命をすべて吹き込んだ「一の太刀」を武蔵の右ふくらはぎに浴びせるものの、自身の命の限界もありついに倒れる。
死後は、なぜか幽霊となり、たびたび、おつうの前に姿を現している。彼女に対してのみ、自身の武蔵への想いなど心境を告白している。
祇園藤次(ぎおん とうじ)
吉岡十剣の一人にして吉岡四強の一人。
己の剣に絶対的な自信を持ち、自分の上に立てる人物は清十郎しかいないと豪語する。その為、周囲からは「天狗」と呼ばれ人望もないが、その剣技は吉岡の誰もが認めるほど。
吉岡の道場が燃やされた時、「吉岡の刺客」と自称し、武蔵を倒すべく武蔵を追いながら武者修行の旅に出る。
胤舜の今まで見たことも無い器を目撃して剣の道に踏み惑い、さらに石舟斎の無刀の実力を見せつけられ、師のもとに戻るよう諭され、失踪。その後、武蔵が清十郎を斬ったことを知り、武蔵に斬りかかったが、一合で首を斬られ死亡した。
南保余一兵衛(なんぽう よいちべえ)
小柄な男。冷静沈着かつしたたか。自分もろとも門弟に斬らせることを試みる苦肉の策と人海戦術で武蔵を追い詰めた。
小橋蔵人(こばし くらんど)
武蔵との戦いでは負傷した植田の警護を務めるなどの重役を任されるなど、他の十剣に比べ頭一つ抜けた人物。武蔵との紙一重の一瞬の闘いで散る。
御池十郎左衛門(みいけ じゅうろうざえもん)
伝七郎にも引けをとらない長身の男。本来客として迎えるはずの小次郎を前に剣士としての心が揺さぶられ、かなわないと知りつつも刀を抜いてしまい、小次郎の瞬速の太刀で斬られた。
太田黒兵助(おおたぐろ ひょうすけ)
「吉岡一太い腕」を持つという恰幅のよい男。伝七郎との稽古で再起不能になった右腕を試し斬りさせた。片腕を失ったためか、武蔵との戦いには参加していない。
堀川善兵衛(ほりかわ よしべえ)
やや感情的な性格。武蔵の神速の一太刀で散る。
東紅四郎(あずま こうしろう)
不意を着いて武蔵の左顎を斬り付ける。
多賀谷彦造(たがや ひこぞう)
武蔵に斬られ散ったかに思われたが、腸を出しながらも油断している武蔵になおも斬りかかる。

[編集] 新陰流

上泉伊勢守秀綱が創始者となる流派。奈良に栄える柳生城にて、剣の最高峰と称される流派。また、将軍家兵法指南役にもなっている 。

上泉 伊勢守 秀綱(かみいずみ いせのかみ ひでつな)
新陰流の創設者。
東国にて塚原卜伝と双璧を称される天下無双の剣豪。宝蔵院にて手合わせを願った若き日の石舟斎、胤栄を圧倒的な器の大きさでいとも簡単に下し、さらに高い次元の境地があることを「わが剣は天地とひとつ」という言葉と共に体験させ、その後は二人の師となる。消息不明。
作者インタビューによれば武蔵が五里霧中なりに志向しているのは胤栄・石舟斉に「受け継がれた秀綱の剣=無刀の境地」を教えられた為らしく、物語のキーパーソンの一人である。作中では、「剣とは心が伴ってこそ最高の境地に至れる」ということを最初に口にした人物。

[編集] 柳生新陰流
柳生石舟斎(やぎゅう せきしゅうさい)
柳生新陰流の開祖。
本名は柳生 但馬守 宗厳(やぎゅう たじまのかみ むねよし)
通称「剣聖」。“天下無双”とも言われる。伊勢守に弟子入りし、業を引き継いだ、新陰流第二世。武蔵の心の師の一人。武蔵を圧倒したり、祇園藤次にいとも簡単に「無刀取り」をしたりするなど、強さが伺える。
剣聖と称えられる今も技の探求を続けている。病気がちな自身の余命を考え、その技を兵庫助に残すことに尽くしている。周りからの偉人的評価にそぐわない厳格な人物だが、孫にはついつい甘い顔を見せてしまうなど無邪気な部分や茶目っ気も持っている。
曰く「天下無双とはただの言葉」。
自分の世話をしてくれるおつうを慕い、「孫」のひとりとして扱う。
負けず嫌いで、たとえ碁の勝負でも負けを悟ると台をひっくり返してとぼけるなど、ときに子供のように振舞う。
柳生兵庫助(やぎゅう ひょうごのすけ)
新陰流の後継者。
本名は柳生 利巌(やぎゅう としよし)
石舟斎に特に溺愛されている孫。仕官に誘われるも断り、向上心を忘れず常に鍛錬に勤しむ。武蔵のことを自分に似ていると感じ、石舟斎も寝ぼけて武蔵と兵庫助を間違えたことがある。
武蔵と会ったのは2度だけであるが、本能的に武蔵を強者として認めている。武蔵の吉岡七十人斬りのうわさを聞いた時には、どうすれば七十人を相手に出来るかと考えていたが、「何も考えてはいけない」と悟る。
柳生宗矩(やぎゅう むねのり)
石舟斎が五男。
三玄院で沢庵と仲良くなり、それが沢庵と石舟斎を繋ぐきっかけにもなった。江戸で将軍家に剣術を教えている。

柳生四高弟

庄田喜左衛門(しょうだ きざえもん)
四高弟のリーダー格。武蔵曰く四人の中で一番強い。大柄で細目であり髭を生やしている(伝七郎曰く「熊のような男」)、見かけによらずおしゃべり。
出淵孫兵衛(でぶち まごべえ)
豪壮な剣の持ち主。手裏剣を放つ、鍔迫り合い時に相手の指の関節を外すなどの業も使う。その後は兵庫の旅の供をしていた。徒歩頭。
村田与三(むらた よぞう)
鋭い目ガ特徴の男。四人の中では一番短気で感情的になりやすい。武蔵との闘いの後もひそかに意識している。馬廻り。
木村助九郎(きむら すけくろう)
無口で冷静。稽古中でもほとんど汗をかかない。武蔵との戦いで右目と左耳を負傷した。納戸役。

[編集] 鐘巻流
鐘捲自斎(かねまき じさい)
鐘巻流の開祖。 
小次郎の育て親。中条流師範として道場を開き、全盛期は“天下無双”とも言われた。しかしひたすら自らの剣を極める事のみに打ち込み、自分以外の人間に無関心であった。弟子の伊藤弥五郎に敗北して自信や闘争心を失い、剣の道から退く。
村の子供らにからかわれ、大人たちからも変人と呼ばれ孤独な毎日を送っていた。かつての弟子・佐々木佐康から息子・小次郎を頼むという手紙をもらうが、ついに死の道を選び、何日も海辺に座り込んでいたところに、小舟に乗った赤ん坊の小次郎が現れ、荒波の中を死にものぐるいで助け、以来、たびたび育児を放棄しながらも小次郎を育て上げ、それが唯一の生き甲斐となっていった。
剣の腕は長らくくすぶり続けたが、不動幽月斎との死闘の際、小次郎を助ける一心で闘争心を取り戻し、見事討ち果たした。その際に右腕が再起不能になっている。その後は以前の剣術の腕を取り戻し、少年時代の小次郎に口では「剣は教えぬ」と言いながらも毎日稽古し、圧倒し続けていた。しかし、不動の闘いで右腕を失い、さらに老いていしまった自分に小次郎の器は手に余ると感じた自斎はついに小次郎に剣の道を歩ませる決心をした。
自己表現が下手で、小次郎への独占欲・所有欲が強い面もある。小次郎に剣の道で挫折し落ちぶれた自身を投影し、彼を剣の道から徹底して遠ざけようとしたが、次第に小次郎こそ自分の生きる希望、そして誇りであると思うようになり、小次郎が望んだ剣の道を歩ませる事になる。 
草薙天鬼(くさなぎ てんき)
鐘巻自斎の門弟。
本名は亀吉(かめきち)
小さい頃から「野の草を薙ぎ鍛えた、天からの鬼」と「草薙天鬼」を自称していた村のガキ大将。小次郎の幼馴染であり最初の友達である。
父が不動に腕を切られて寝たきりの状態になったことから、復讐の為に強くなることを切望していた。小次郎と共に不動に夜襲を仕掛けるも失敗し、恨みを上回る恐怖をと、顔に傷を負わされた。自斎が不動を倒した後、真っ先に弟子となり、その後道場では敵なしの実力を持つようになるが、何度戦っても小次郎には勝てなかった。
成長して小次郎が一刀斎と共に旅立った後、自斎から小次郎に宛てた免許皆伝の印可を託され武者修行者として彼らの後を追うも、悲運な最期を遂げる。死の直前、印可目録をたまたま居合わせた又八に「たのむ」と言い残し預ける。

[編集] 一刀流
伊東一刀斎(いとう いっとうさい)
一刀流の開祖。
本名は伊藤 弥五郎(いとう やごろう)
通称「剣の神様」。最強最速の剣の持ち主であり鐘巻自斎の弟子で、たった5年の師事で自斎をも倒すほどの剣腕を身に付ける。小次郎を剣の道に導いた張本人で、弟弟子である小次郎の師匠的な役割を果たす。性格は剛胆無比であり自分の実力に絶対の自信を持つ。剣を「遊び」と称したり、生き死にを賭けた斬り合いに無邪気さが全面的に現れるなど、剣を人生の最大の楽しみと捉えている節がある。そのためか、現在の鉄砲の戦には興ざめし、士官・出世にも興味を示さない。
その実力は、鋼鉄の鉄砲すらも一刀のもとに寸断せしめ、騎馬兵をも圧倒する。また植田良平すら恐怖で立ち竦み、小次郎をも寄せ付けない。
最強であるが故、対等の敵がいないことにつまらなさを感じている節もあり、小次郎が自分の前に最強の敵として現れることをひそかに願っている。52歳。
夢想権之助(むそう ごんのすけ)
「兵法天下一」を名乗る、自分の流派を立てることが夢の若者。
いわゆる傾奇者の格好をしている。百姓の子で、子供の頃は大きな体で働かずに悪事を働いたりしていたので、怖がられ、疎まれていた。故に孤独であり、小次郎が初めての友達となる。
旅をする最中に一刀斎、小次郎らにからかわれ、その際彼らと立ち合うも敗北。一刀斎に戦う姿勢の未熟さを指摘される。それ以後、一刀斎を師と仰ぎ旅を共にする。関ヶ原では殺されかかるが武蔵に助けられ、彼らの戦い方を学ぶ。

[編集] 宝蔵院流槍術

槍の達人、宝蔵院胤栄が創始者となる流派。槍の聖地と言われる奈良の興福寺子院の宝蔵院(寶藏院)に、大勢の修行僧が集まっている。 現在は胤栄は既に引退し、胤舜が宝蔵院・二代目を襲名したが、胤舜に反感を持つものも少なくはない。

宝蔵院 胤栄(ほうぞういん いんえい)
宝蔵院流槍術の創始者。
法号、覚禅房胤栄。通称「大胤栄」。豪放磊落な性格で、門弟から尊敬されて止まない。「にゃむにゃむ…」「カカッ」が口癖。武蔵の心の師の一人。
胤舜に宝蔵院の座を譲った後も槍術の腕に衰えはなく、武蔵を圧倒した。自身が作る「宝蔵院漬」は好評で、日中畑仕事に精を出している。柳生石舟斎と共に、上泉伊勢守秀綱に弟子入りした過去もある。
坊主で老体のくせに酒を好む。
宝蔵院 胤舜(ほうぞういん いんしゅん)
宝蔵院流槍術二代目。
本名満田 慎之介(みつだ しんのすけ)
胤栄の元で槍術を学ぶため寺に来た武士の息子であったが、両親は浪人に目の前で惨殺され、そのまま胤栄に引き取られる。残酷な現実を、その時親を助けられなかった自分の弱さからか記憶を封印し、槍術に没頭。すばらしい槍の天分にも恵まれ(本人曰く吉岡清十郎とほぼ互角)、15の時にはすでに院内に敵は無く宝蔵院の二代目まで上り詰めた。しかし天才故に周りに相応の敵がおらず、戦いに対する姿勢はどこか慢心的であり精神的な未熟さが残る。自身もその欠点に気づき命のやり取りを渇望するが、相手の命のやり取りにしかならない。そのため、周りからは尊敬よりも恐怖の念で見られるようになり孤独を深めていく。
武蔵と交戦、一度は圧倒的な強さで勝利するも、再戦では死の覚悟を持った武蔵に圧倒され、一瞬の隙を見て突きを繰り出すも、紙一重でかわされ、トラウマフラッシュバックが発生したこともあり、頭に強烈な一撃を浴びて昏倒してしまう。武蔵も出血のために戦い続けることが出来なくなり、立会人であった胤栄により、都合2回の対戦内容から引き分けとなった。決闘後、奇跡的に生還。武蔵とは和解し「今度は命を奪い合うことなく」再会することを約束する。また、宝蔵院二代目を正式に襲名。
阿厳(あごん)
宝蔵院の修行僧の一人。
無骨な風貌と厳格な性格を持つ。武蔵や胤舜には及ばないが、並みの剣客なら軽く屠り去るほどの手練であり、その槍腕は胤栄にも認められている。
初めのうちは胤舜に憧れて近づこうとしたが、胤舜の性質をいつしか恐れるようになる。しかし、それでも友達だと思っており、胤舜に反感を持つ者の多い宝蔵院の中にあって、彼を親身に心配する数少ない人間でもある。
明栄(みょうえい)
宝蔵院の修行僧の一人。
胤舜が二代目ということが気にくわずに派閥をつくり、胤栄に気に入ってもらおうと胡麻を擂って、自分が二代目になろうと目論む。しかし、実力の差は明らかで、胤栄からもその魂胆は見透かされている。

[編集] 西方の落武者たち

関ヶ原の合戦に敗れた西軍の兵士たち。恐らく石田三成の直属の配下だと思われる。石田三成とははぐれてしまったものの、殿との再会を目指し大阪を目指す。

猪谷 巨雲(いがや こうん)
小次郎と戦った西方の落武者のひとり。巨躯と豪剣を誇り、一団の中の最大の手練。一見獣じみているが、歩けなくなった新次郎を背負って歩くなど、優しい一面も持つ。
師である定伊を尊敬し、慕っている。初めは定伊を斬られた復讐心で小次郎と戦っていたが、徐々に強いものとの戦う楽しさ、向上の喜びを感じるようになる。小次郎との一進一退の死闘の果てに散る。
定伊(さだこれ)
西方の落武者のひとり。巨雲達の師であり、親同然の男性。故に巨雲達からの信頼は厚く、落ち武者になった際は一団のまとめ役となった。生涯独身のせいか、巨雲達を息子のように思っていたが、足に重傷を負った新二郎を斬るように言うなど武士として非情な面も持つ。百戦錬磨の兵法者であり、同時に教育者ゆえか「其処許」など独特かつ説教じみた言葉使いをする。
小次郎に出会った彼は素通りできない何かを感じて、万力鎖で小次郎と戦う。戦闘中は言葉は通じなくとも、お互いの心は通じたようであり、剣士としての死に場所を見つけたかのように、心持良く散る。
間垣新二郎 (まがき しんじろう)
西方の落武者のひとりで市三の兄。
武士の子だが、百姓の子である右源の「理の剣」に憧れる。弟の市三と好対照な実直な性格で弟思い。
戦で足を負傷し歩行不能になり巨雲に背負われる。それゆえに一団の足手まといになり、巨雲達の感じた「戦いの中の喜び」を理解できず、苦悩した。
間垣市三(まがき いちぞう)
新二郎の四つ下の弟。
戦いに無邪気な感情を抱く若武者。
無数の残党狩りを見て、自分らの殿(石田三成)はもう死んでいると悟る。そのことや強い者と戦う高揚した気持ちが抑えきれないこともあり、使命を捨て小次郎に勝負を挑む。小次郎の瞬速の一太刀で散る。
右源(うげん)
巨雲とは対照的にかなりの技巧派。残党狩りの百姓達から新二郎をかばって死亡。
利宗(としむね)
戦の際にが左腕に刺さる。残党狩の百姓達に夜襲をかけられ殺される。

[編集] 本阿弥家

代々、刀研ぎを生業としている名門の家柄。現在光悦は引退し、光室が十代目の惣領として働いている。
本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)
本阿弥本家九代目惣領
京の屋敷に母・妙秀とともに住まう芸術家。迎え入れた牢人者たちとも暮らしている。芸術家としての技は、天下人徳川家康に指名で刀の研ぎを依頼されるほど。
生まれた頃から刀に囲まれて育ち、刀を天地と見立て、その業を長い年月とともに高めてきた。武蔵や小次郎たちとは違った意味で“剣に生きる者”といえる。刀の中に眠る美しさに魅せられ、自分が研ぎたいと思える者の刀のみを研ぐために一線を退き、家康の依頼すら断った。その後、光悦が研いだのは武蔵と小次郎の刀のみである。
本阿弥妙秀(ほんあみ みょうしゅう)
光悦の母。
滞在していた小次郎には祖母・母親のように慕われている。小次郎に字を教えている。
本阿弥光室(ほんあみ こうしつ)
本阿弥本家十代目惣領。
その目利きや研ぎは光悦にも認められるほど申し分ない技量を持つ。光悦のあまりに早い引退に疑問を抱いていている。

[編集] その他

権叔父(ごんおじ)
お杉の弟。
又八への偏愛に現実を見失いがちなお杉とは違い、又八の性情を正しく理解している。又八もその事は分かっており、二人の間には信頼関係も存在していたようである。お杉とともに又八を探す旅を続け、ついに又八と巡り会った矢先、又八を庇おうとして武士に斬殺される。そのときの又八の動揺は大きく、本当の親がいない又八にとっては父親代わりだった。
辻風典馬(つじかぜ てんま)
野武士集団「辻風組」の頭領。
辻風黄平の兄で黄平と同じく母に捨てられた経歴をもつ。黄平が母に殺されかけたところを救い辻風組に入れる。
関ヶ原の合戦では西方につくも敗れる。お甲に惚れている。お甲の亭主を斬った。武蔵に木刀で撲殺される。
お甲(おこう)
関ヶ原から落ち延びてきた武蔵と又八をかくまった未亡人
辻風典馬に懸想されており、たびたび辻風組との諍いを起こしていた。結果的に、武蔵を辻風組との因縁に巻き込み、妖艶な色香で又八を惑わした。後に又八と暮らし始めたが、程なくして京に移住し又八を捨てた。性格はがめつく、ずる賢い。
朱美(あけみ)
お甲の娘。
当初は武蔵の事を気にしていたが、京で母の稼業を手伝うようになってからは客である清十郎を気にかけるようになった。清十郎も彼女の事を気に入っているようだが、恋仲ではない(朱美はそのことに気づいている)。清十郎が武蔵に斬られた後は、武蔵対吉岡一門の死闘を見ていた。戦いの後京から抜け出そうとしていた武蔵の前に現れ、武蔵に短剣を突き刺した後、自分が「吉岡清十郎の女」であった事を告げ、崖から身を投げた。
龍胆(りんどう)
本物の宍戸梅軒の遺児(もしくは事実上の養子)である少女。
物心を覚えた頃からこき使われ、親の愛情を受けずに育つ。梅軒が黄平に殺された後は共に暮らしながらたびたび黄平の命を狙おうとしたが、簡単にあしらわれ続けてきた。
しばらく経ち、黄平が盗賊退治の武芸者を返り討ちにし「宍戸梅軒」を名乗るようになってからは、服装は黄平を真似たようなものに変え、心情の変化が伺え、幾度となくじゃれ合うように黄平と鎖鎌で対戦している。
黄平には到底及ばないものの、黄平が武蔵に鎖鎌の師は誰か問われた際、彼女を指差していた。技だけなら梅軒を訪ねて来る武芸者をも凌ぐほど。
黄平が武蔵に敗れた後、深手を負った黄平の血を肌で受け、はじめて人の温かさを知った。その後まもなく、武蔵の回想場面での描写から、手当ての甲斐なく息絶えた黄平の後を追い、自刃したと見られる。
板倉勝重(いたくら かつしげ)
京都所司代
本阿弥光悦とは顔見知り。
小川家直(おがわ いえなお)
岩間角兵衛の配下。
武士というより剣術家といった所で、角兵衛には小倉細川家の兵法指南役の氏家孫四郎を凌ぐと目をかけられていた。主の御供で京の本阿弥邸を訪れた時に小次郎と出会う。
岩間角兵衛(いわま かくべえ)
小倉細川家の家老。
刀剣コレクターで銘刀「菊一文字」を所有しており、再三再四、光悦に刀を研いで貰う様に頼んでいる。小川家直の実力を認めており、いずれ彼に菊一文字を譲ろうと考えていた。

[編集] 単行本

[編集] 一覧

  1. 1999年3月発行、ISBN 978-4-06-328619-9
  2. 1999年3月発行、ISBN 978-4-06-328620-5
  3. 1999年7月発行、ISBN 978-4-06-328644-1
  4. 1999年10月発行、ISBN 978-4-06-328658-8
  5. 2000年1月発行、ISBN 978-4-06-328672-4
  6. 2000年4月発行、ISBN 978-4-06-328685-4
  7. 2000年7月発行、ISBN 978-4-06-328702-8
  8. 2000年10月発行、ISBN 978-4-06-328720-2
  9. 2001年2月発行、ISBN 978-4-06-328736-3
  10. 2001年5月発行、ISBN 978-4-06-328755-4
  11. 2001年8月発行、ISBN 978-4-06-328763-9
  12. 2001年11月発行、ISBN 978-4-06-328779-0
  13. 2002年3月発行、ISBN 978-4-06-328804-9
  14. 2002年6月発行、ISBN 978-4-06-328823-0
  15. 2002年10月発行、ISBN 978-4-06-328850-6
  16. 2003年2月発行、ISBN 978-4-06-328871-1
  17. 2003年6月発行、ISBN 978-4-06-328891-9
  18. 2003年11月発行、ISBN 978-4-06-328916-9
  19. 2004年3月発行、ISBN 978-4-06-328945-9
  20. 2004年7月発行、ISBN 978-4-06-328970-1
  21. 2005年9月発行、ISBN 978-4-06-372464-6
  22. 2006年2月発行、ISBN 978-4-06-372497-4
  23. 2006年6月発行、ISBN 978-4-06-372526-1
  24. 2006年10月発行、ISBN 978-4-06-372553-7
  25. 2007年3月発行、ISBN 978-4-06-372582-7
  26. 2007年7月発行、ISBN 978-4-06-372612-1
  27. 2007年11月発行、ISBN 978-4-06-372640-4
  28. 2008年5月発行、ISBN 978-4-06-372685-5
  29. 2008年11月発行、ISBN 978-4-06-372750-0
  30. 2009年5月発行、ISBN 978-4-06-372795-1

[編集] 単行本とストーリー

  • 1~13 : 第一章 宮本武蔵編(二話だけ辻風黄平編を含む)
  • 14~20 : 第二章 佐々木小次郎編
  • 21~ : 第三章 吉岡一門編

※第一章・第三章では本位伝又八目線で話が語られることもある。

[編集] その他

  • 佐々木小次郎編の終了から1年間の長期休載があったが、2005年5月より再び連載が再開された。
  • 単行本の21巻からはタイトルロゴを変更しているが、これについては「前の方がよかった」という意見が多く寄せられたことをポッドキャスト[4]で語っている。
  • 2006年9月の段階で、「あと1年半から2年ほどで終わるような気がしている」「物語の全体を10とすると、すでに8.5まで終わっている」と井上雄彦本人は語っている[2]
  • タイトルの語呂から、「バカボンド」と勘違いしている者も少なくない。
  • Mr.Childrenの楽曲「その向こうへ行こう」は、Mr.Childrenがもしバガボンドのテーマ曲を作るなら、というコンセプトで作られた。
  • 週刊モーニング2009年26号において編集部の手違いで乱丁(1ページ目と4ページ目が入れ替わっていた)があった。

[編集] 関連作品

WATER
バガボンドカラー原画集。
バガボンドモノクロ原画集。

画集が二つに分かれたことについては、作者曰く最初から二つ出す予定であったわけではなく、一般に画集ではカラーが中心になってしまうが、普段よく書いているモノクロの絵の方がレベルが高い位置に達していると思いモノクロを多く載せたいと考えたことによる。[4]

この二つの画集では普段、雑誌掲載時には印刷の限界により見えなくなってしまう微妙な部分まで印刷されるように、工夫されている。

DRAW
バガボンドの原稿を描いていく様を収録したDVD作品。2枚組。先着1000名にはバガボンド特製ダイス(サイコロ)付き。


[編集] 井上雄彦 最後のマンガ展

2008年5月26日から同年7月6日まで東京上野の森美術館で開催されていた井上雄彦の個展。個展の内容はバガボンドに関するものとなっている。
大好評につき7月7日まで会期延長となった。
2008年上野の森美術館で開催された展覧会が、武蔵終焉の地、熊本にて2009年4月11日から6月14日まで開催することになった。

[編集] 脚注・出典

  1. ^ 5巻 あとがき
  2. ^ a b 『SWITCH』2006年12月号。なお、取材が行われたのは同年9月末である。
  3. ^ 『BRUTUS』2008年7月1日号インタビュー
  4. ^ a b     井上雄彦が語る『バガボンド』の世界

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

講談社漫画賞一般部門
第23回 平成11年度
湾岸ミッドナイト
楠みちはる
第24回 平成12年度
バガボンド
吉川英治井上雄彦
第25回 平成13年度
20世紀少年
浦沢直樹
文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞
第3回 平成11年度
アイ'ム ホーム
石坂啓
第4回 平成12年度
バガボンド
吉川英治・井上雄彦
第5回 平成13年度
F氏的日常
福山庸治
手塚治虫文化賞マンガ大賞
第5回 2001年度
陰陽師
夢枕獏岡野玲子
第6回 2002年度
バガボンド
吉川英治・井上雄彦
第7回 2003年度
黄色い本
ジャック・チボーという名の友人

高野文子